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February 26, 25
スライド概要
Dr Prime Academiaの医療DX入門講座の第2回で提示したスライドです。内容についての解説はDr Prime Academiaでご覧ください。
医療に限らずDXにおいてはガバナンスがもっとも重要です。それだけに難しいのですが、できるだけわかりやすく説明するように工夫しました。
医療DX入門講座は、医療現場でのデジタルトランスフォーメーションを企画立案し、実行できるようになることを目指します。参加者は、医療DXの担当者や興味がある方々で、講座では医療DXの定義やGAPSフレームワーク、外来予約・受付管理システムの導入に関する具体的な例題を学びます。全5回のプログラムを通じて、理論と実践が組み合わさった内容で、デジタル化における重要な課題や現状を理解することができます。
https://academia.drsprime.com/events/z0s2jrHM3TWOOdcJ29TXj8OlE_KhdTsa
1970年生まれ。マイコン少年として育ち、1995年に医師免許取得。以後、血液内科で修練すると同時にインターネット、情報システムに興味を持ち医療情報学の研究を始める。 医療分野のオープンソースソフトウェア、医療情報標準規格について研究、医療DX教育にも携わってきた。
医療DX入門講座2 ガバナンス 小林 慎治
今回の講義で学ぶこと • ガバナンスとは何か? • EDMモデル • 例題:外来業務のDX
「DXを俺はやる!」 https://www.irasutoya.com/2021/01/luffy.html
ガバナンスとは • 主体 • 経営陣 • 手順 • 経営者 • DXの「目的」を定める。 • 目的とする理由や根拠を示す。 • 目的を達成することで得られる成 果について説明する。 成果 • 効果の実現(組織価値向上) • リスク最小化。 • 資源の最適化。
「外来業務のDXで収 益を5%上げて、スタッフ にボーナス出すぞ!」 https://www.irasutoya.com/2021/01/luffy.html
ガバナンスが重要である理由 • ガバナンス不良による数多くの失敗・破綻事例 • プロジェクト破綻、開発計画頓挫、システム障害、情報漏洩事故 • ガバナンスの失敗を運用や技術で補うことはできない。 • 医療(情報)をとりまく社会的規範・法制度の変化への適応 • プライバシー保護、臨床研究ガイドライン • 個人情報保護法、保険制度改定次世代医療基盤法
ガバナンスを学ぶ意義 • 経営陣にDXを実施させるため • DXで果たすべき役割を明示する。 • 円滑なマネジメントのために • ガバナンスプロセスを推進させるための補助としてのマネジメント • マネジメント部門とガバナンスの境界を知っておく • 他部門との調整に役立てることができる • キャリアパスとして • 組織経営にDXエキスパートとして参画する
ガバナンスとマネジメントの違い ガバナンス マネジメント 目的 組織全体の目標を設定する 業務プロセスを効率化する 主体 院長をはじめとした経営陣 情報部門を始めとした各診療部門 役割 組織の価値を上げる。(収益、評判など) 部門の機能を最適化する 主な成果物 経営戦略、方針設定 実施計画、実施
ガバナンスとマネジメントを分離 する意義 • ガバナンスを行う経営陣と情報部門の相互 介入を避ける。 • 経営陣が情報部門に対してもつ権力を 行使して、経営部門にとって都合のよい ように情報をゆがめさせる危険性がある。 (粉飾決算、隠蔽など) • 情報部門が経営部門を都合よく利用 するために情報をゆがめて伝える可能 性がある。 • ただし、小規模組織では同一組織となりがち である。
情報・技術ガバナンスの定義 • 経済産業省,システム管理基準 • IT ガバナンスとは経営陣がステークホルダのニーズに基づき、組織の価値を高める ために実践する行動であり、情報システムのあるべき姿を示す情報システム戦略 の策定及び実現に必要となる組織能力である。 • COBIT 2019 • 事業体のI&Tとは、事業体の目標を達成するために事業体が導入している全て の技術と情報処理のことであり,I&Tガバナンスはデジタルトランスフォーメーション による価値の提供とデジタルトランスフォーメーションから生じる業務上リスクの低減 に関係している。具体的には効果の実現,リスク最適化,資源の最適化の3つ の主要な成果を期待することができる
参考:ITガバナンスフレームワーク • COBIT(Control Objectives for Information and related Technology) • 情報システムコントロール協会 • COBIT-5は定評のあるガバナンスフレームワークであり、現在も実運用されている。 • COBIT-2019はCOBIT-5の欠点を補い発展させたもので新しく導入が進めら れている。 • システム管理基準(経済産業省、R5年) • 経済産業省により作成。ISO 17799, ISO 38500シリーズなどを元に作成され ている。2018年に第1版、2022年に第2版が公開 • 業務規定を具体的に定めている。
DXガバナンスのためのEDMモデル
DXガバナンスのためのEDMモデル • Evaluate(評価) • 現状と将来のあるべき姿を比較分析する • IT マネジメントに期待する効果と必要な資源、想定されるリスクを見積もる。 • Direct(指示) • 情報システム戦略を実現するために必要な責任と資源を組織へ割り当てる。 • 期待する効果の実現と想定されるリスクに対処するようIT マネジメントを導くことで ある。 • Monitoring(モニタ) • 見積もった効果をどの程度満たしているか、割り当てた資源をどの程度使用してい るか、及び、想定したリスクの発現状況についての情報を得られるよう、IT マネジ メントを整備すると共に、IT マネジメントの評価と指示のために必要な情報を収 集することである。 経済産業省,システム管理基準、平成30年
EDMモデルとPDCA 現在の情報システムと将来のある べき姿を比較分析 IT マネジメントに期待する効果と 必要な資源、想定されるリスクを 見積もる Evaluate(評価) IT マネジメントの評価と指示 のために必要な情報を収集する 見積もった効果をどの程度 満たしているか 割り当てた資源をどの程度 使用しているか 想定したリスクの発現状況 Direct(指示) Monitor (モニタ) 情報システム戦略を実現するため に必要な責任と資源を組織へ割り 当て、期待する効果の実現と想定 されるリスクに対処するよう、IT マネジメントを導く マネジメント部門 経済産業省,システム管理基準、平成30年
Evaluation(評価)
Evaluation(評価)対象 資産評価 業務調査分析 情報(データ)資産 ヒアリング 情報システム資産 業務フロー分析 情報人材 業務フロー提案 システム投資見積 情報システムに投資してどれ だけの利益が得られるか 情報システムに投資しなけれ ば、どれだけの損失が出るか。 システム投資を行う時期・期 間
業務について描いてみよう。 • 手書きでかまわない • 付箋に業務を書き出し並べて、グルーピン グ • 手順通りに並べて順序を矢印で示す • 問題点についてヒアリングする • なぜなぜ分析、SWOT分析
費用対効果分析 DXにかかる費用と、それによって得られる効果を「金額」で見積もる • 経営陣を含めた関係者の理解を得やすい。 DXで得られる効果見積もり • DXにより減るであろう人件費 • DXによって減らされるシステムコスト(廃止となりうるソフトウェアやハードウェアの費用) DXに必要な投資見積もり • ITシステム導入にかかるコスト(ハードウェア,ソフトウェア) • 業務変更のための習熟コスト(人件費) • 変更かした業務を運営するコスト(ソフトウェア保守費用,人件費) 1回ですべてを見通すことはできないため複数の観点による詳細な検討が必要 • 具体的で詳細な検討に基づいた金額見積もりは説得力があり、関係者の理解を深めて協力が得られやすくなる。 • その反面、誤った見積もりにより組織は暴走しうる。 • 方針の修正を適宜実施できるようにする。
DX投資の効果 効果が得やすい • 定型業務 • 定時報告,レポート • 判断ルールが固定されているもの • 重複・反復しているところ • 同じ内容なのにあちこちにある Word文書,Excel表 • 大規模集計・統計 • 月次集計,統計 効果が得られにくい • 非定型少量業務 • 臨時報告 • ただし,3回以上繰り返すようであ ればシステム化を検討する余地はあ る. • データがなく予測ができない状況 • 事故初期、災害初期 • ただし、初動での情報共有は有用なこ とも多い
Evaluation(評価)まとめ • 資産評価 • 業務分析 • 対象となる業務について現場にヒアリングを行う • 業務内容を図に書いてまとめる • なぜなぜ分析、SWOT分析 • 投資見積もり • 費用対効果分析 • 投資効果を見積もり、関係者に提示する
Direction(指示)
Direction(指示)の対象 • 経営者がDXの実施を明言する。 • DXが組織の経営方針として行われることを周知することが重要である。 • 「目的」を明確に示す。 • 対象の情報システムの導入・普及を目的としてはならない。 • 達成のための評価項目を示す。 • 経営資源の配分。 • DXを推進するチームとそのリーダーを任命し、適切な権限を委譲する。 • 予算と期間を割り振る。
目的の明確化と評価指標の設定 簡潔に誰もが理解できるように 説明する。 「情報化」、「IT導入」、「デジ タル化」を目的化しない 客観的な評価指標を設定す る • 問題点を示し、それをどのよう に解決するのか。現在の状態 と目標とする状態。 • 「情報化」「IT導入」「情報共 有」、「見える化」の先にある ものは? • 具体的で数値評価できること。 • それで得られるメリットと、到 達までに各自がやるべきことを 示す。 • 情報化は手段であって目的と はなりえない。 • 例:検査受託から報告ま での期間を3日から2日に 短縮する。 • 評価指標は現状と照らし合 わせて適宜見直しを図る • 指標項目のみの最適化を 避ける
資源配分 実施体制を組織する 予算配分 DXガバナンス組織 DXに必要となる予算、期間などを見積もっ • 関連部署の責任者を集め、DX計画と方針 を承認する組織。 予算の裏付けとなる投資効果見積もりによ • 議事録を作成・配布し、「聞いていない」 を防止するための組織 DX実務部隊 • 関連部署のキーパーソンを含めて5人程度。 て配分する。 る。
Direction(指示)まとめ • 目的の明確化と評価指標の設定 • 組織の方針としてDXが実施されると経営者が明言する。 • DXを達成するための評価指標を設定する。 • 資源の配分 • ヒト・モノ・カネ • 実施体制の組織 • 予算の割り当て
Monitor(モニタ)
Monitor(モニタ)の対象 見積もった効果をどの 割り当てた資源をどの 想定したリスクの発現 • 評価指標がどの程度達 • マネジメント部門の活 • 業務停止や遅延などの • システム導入がどの程 • 充当した予算の消費状 • セキュリティリスク。 程度満たしているか 成されているか。 度まで進行しているか。 • 投資効果がどの程度回 収できているか 程度使用しているか 動状況 況 状況 障害状況 • 予定していた機能が運 用できているか
評価指標と現実のずれ • 局所最適化と全体最適化 • 一部の評価指標に現場が最適化されてしまい、全体としてのパフォーマンスが落ち ることがある。 • 例:手術時間短縮を目標としたが、術後合併症が増えて入院期間が延びた。 • 評価指標そのものに意味がない • 評価指標を得るために労力がかかり過ぎている • 評価となる指標を入力するために膨大な労力を現場に強いてしまっている. • この場合、データが出たとしてもあてにならないことが多い.
測定なくして改善なし. ただし,正しい指標を正しく測定 した場合に限る
Monitor(モニタ)まとめ • 予定されていた評価指標を含めてDXの状態が正しく把握されているか • 効果が実現されているか。 • 割り当てた資源は適切か。 • リスクマネジメントができているか。 • モニタ結果は関係者で共有できているか • どのような評価指標を定めているか。 • どのような計算を行って評価しているか。 • 情報提供ができているか • モニタした結果は指示に反映させることができるものか • モニタのためのモニタになっていないか。 • モニタしている評価指標が現実をきちんと反映できているか.
EDMモデルまとめ Evaluation(評価) • 現状の情報・システムを資産として評価する。 • 現在の業務を分析して問題点を解析する。 • DXの結果を見通して、費用対効果分析を行う。 Direction(指示) • DXの目的を明確にし評価指標を提示する。 • 組織体制と責任の所在を明確にし、必要な権限を委譲する. Monitor(モニタ) • 目的到達まで評価指標をチェックする. • 評価指標が現状を把握しているかどうか確認する.
例題:外来業務のDXについて • 例題シナリオ • A市(人口30万人)の中核病院であるA市立病院では、外来待ち時間が長いというク レームが多く寄せられていた。 • そこで、医療DX加算の取得と外来待ち時間の短縮のため予約・受付管理システムを導 入することにした。 • 病院データ • 病床数:300 • 診療科:内科、外科、整形外科、眼科、耳鼻科 • 一日平均外来患者数:300人(新患30人) • 平均待ち時間:33分 • 平均診療時間:8分 • 外来総診療報酬: 7億円/年 • 電子カルテ導入済み、外来予約システムなし *架空設定です
業務分析
例題:業務フロー 新患 外来事務 問い合わせ 診療日案内 受診する 外来受付 問診票記入 問診票を渡す 外来師長 医師 患者登録 問診票渡す 受診 問診票確認 外来振り分け 当日外来集計・報告 呼び出し
例題:課題整理 • 新患外来 • 外来は患者が受診を希望する診療科の診察日を案内する。 • 患者は希望の診療日に来院するが、混雑している日であるかどうかは病院に着く までわからない。 • 新患受付 • 電話予約だけでは新規患者IDを発行できないので、電子カルテで診療予約が 取れない。 • 問診票を渡して回答している間に患者IDを発行する。 • 問診票は外来看護師長が確認し、診療科・医師を振り分ける。 • 専門によっては混雑していることもあり、医師からの反発もありトラブルとなっている。 • 1週間に一度程度、新患が50人程度来る日には、外来が予定より3時間程度 超過する。
例:外来業務の評価(Evaluation) • 外来時間超過でかかっているコスト • 収益:超過分20人(50-30)×診療単価7000円 = 14万円 • 支出:超過人件費(医師5名、看護師10名、事務10名):36万円 • 年間支出:22万円x50週 = 1100万円 • DXの達成目標と効果見積もり • 外来超過勤務を50%削減できると年間550万円の人件費削減効果がある • 外来総診療報酬が7億円であるので、外来業務効率を10%改善して、患 者受入数を5%増やせば、3500万円の診療報酬増が見込まれる。 • 「医療DX体制整備加算」 8点 ×10円 × 30人(一日) x 250診療日 = 60万円
例:外来DXの指示(Direction) • 目的 • 外来業務を効率化し、超過勤務を削減すると同時に外来収益増を目指す。 • 体制 • 外来DX協議会(院長、各科外来医長、看護師長、事務長、情報部門) • DX推進チーム(情報部門、外来医師、看護主任、事務員、5名) • 予算 • 4000万円(収益見込み) • 期間 • 1年間
例:外来DXのモニタ(Monitor) • 達成指標 • 外来勤務者超過勤務時間 50%削減 • 外来患者数(新患・再来)5%増 • 外来診療報酬 5%増 • 外来診療単価 新患1人8点増 • 外来待ち時間 5%短縮 • 外来新患予約件数 全体の80% • 外来診療実時間 5%短縮
医療DX入門講座2:ガバナンスまとめ • DXにおいてガバナンスは重要 • ガバナンスとは • 経営者がDXの目的を示す。 • DXを行う理由や成果として何を期待しているのかを示す。 • EDMモデル • E:現状を評価し、実現すべきDXについて費用対効果分析を行う。 • D:実施体制、評価指標、予算と期間を明示する。 • M:評価指標が達成されているか、評価指標が現状を反映しているかをチェックす る。
医療DXガバナンスについてのNote記事 https://note.com/skoba/n/n1ef0fa2f77af