医療DX:課題と論点整理

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August 02, 24

スライド概要

医療DXにおける課題とその論点を整理しました。
人材育成は鍵となると思いますが、現状はあまり評価されていないという現実があります。全体的に底上げをして、高い評価に結び付けて生きたらと思います。

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1970年生まれ。マイコン少年として育ち、1995年に医師免許取得。以後、血液内科で修練すると同時にインターネット、情報システムに興味を持ち医療情報学の研究を始める。 医療分野のオープンソースソフトウェア、医療情報標準規格について研究、医療DX教育にも携わってきた。

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各ページのテキスト
1.

医療DX:課題と論点整理 小林慎治

2.

経歴・資格 • 学歴 • 資格 • 1995年九州大学医学部卒 • 2005年九州大学大学院修了、博士(医学) • 職務経歴 • • • • • 九州大学病院 国家公務員共済組合連合会千早病院 福岡少年院法務技官 愛媛大学医学部助教 京都大学工学部情報学科、医学部特定講師、特定 准教授 • 厚労省国立保健医療科学院上席主任研究官 • 岐阜大学医学部特任講師 • 業績 • 原著論文51報 • 国際会議:招待講演3回 • 一般発表26回 • 研修/講義 • 年12コマ担当 • 医師免許 • 情報一種、情報二種、セキュアド • 総合内科専門医 • 社会活動 • 医療オープンソースソフトウェア協議会代表 • NPO openEHR協会代表 • Chair, Open Source Working group, International Medical Informatics Association • Asia eHealth Information Network • 獲得資金 • • • • H15未踏 文部科研基盤C代表 文部科研基盤B分担 AMED事業(20億)分担

3.

医療DX:課題と論点整理 • 医療DXとは • 医療DXにおける課題 • 医療そのものの性質 • 組織統制上の問題 • 医療に関する法令 • システム構成上の問題 • 人材育成・キャリアパス • GAPSフレームワークについて

4.

概要 • ヘルスケア領域での情報化、デジタルトランスフォーメーショ ンとは • GAPSを考えよう、GAPSを埋めよう • Governance • Architecture • Program management • Standard and interoperability • まとめ

5.

デジタルトランスフォーメーション(DX) とは • 定義 • 企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を 活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモ デルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文 化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること • 目的 • DXの実現やその基盤となるITシステムの構築を行っていく上で経営者 が抑えるべき事項を明確にすること 経済産業省「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドラ イン)」2018年, https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004.html

6.

よくある「IT化/情報化」 報告書にはんこ押して 報告書にサインして スキャンして FAXで送信 PDFを作成して 提出完了 メールに添付して送付 印刷して保管

7.

DXとは はんこ押して FAXで送信 報告書提出 電子認証 情報システムで報告書作成・提出 データ利用

8.

医療DXで期待されること 業務改善 情報共有 データ活用 ・効率改善 ・医療安全 ・地域医療ネットワーク ・診療連携、データ連係 ・経営改善・政策立案 ・医学研究、臨床試験

9.

https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/gmcbt8000000botk-att/000108041.pdf

10.

医療DXに関する「定説」 • 医師(会)が反対している • 医師会が利権がらみで抵抗しているという説も目にはするが、むしろDXがらみのほ うがお金も動く分、利権も発生しやすい。 • 新しいもの好きも多い • 理不尽で使いにくいものが嫌いなだけかもしれない。 • 情報の発生源である医師の負担は増える。 • 日本の医療(DX)が遅れている。 • Global Digital Health Monitorで日本のデジタルヘルス政策の遅れは指摘されている が、医療そのものが遅れているわけではない。 • なお、医療DXで先進国とされている例は、人口1千万人以下の小規模国家が多く、専 制的政治体制であったり、近隣に軍事的脅威のある国が多い。 • 医療DXは多くの国にとっても難しい課題の一つであり、WHOはSDG 3.8 (Universal Health Coverage)達成のためにデジタルヘルス、医療DXを推進している。 • FAXなどが象徴的に取り上げられるが、日本だけの問題ではない。

12.

医療DXにおける課題 • 医療そのものの性質 • 労働集約型産業であり、DXが進んだとしても診療できる患者さんの数が2倍、 10倍になるような破壊的イノベーションが起こりにくい。 • ガバナンス上の問題点 • 一般企業とは異なり、経済合理性よりも重視される価値概念が多く存在する。 • 関連する法令が多く内部・外部にステークホルダーを抱えている。 • システム構成上の問題点 • 電子カルテ、各部門システム、検査機器などを接続する必要があるが、背景 技術に50年くらいの幅がある。 • 人材育成・キャリアパス • 医療DX人材は貴重ではあるが、キャリアパスは限られておりスキルに見合っ た待遇が得られるとは限らない。

13.

医療とDXの相性問題 • 医療は情報産業であるが労働集約型産業でもある。 • 診療=情報処理 • 生体情報や病歴情報を収集して、ある特定のカテゴリーに分類(診断)し、治療方針 を定めて伝達し(処方、指示)、患者に説明する。 • ただしそれらの手順のすべてに人手が必要となる労働集約型産業である。 • 「食事介助」や「おむつ替え」をAIやロボットで置き換えられるか? • 診療できる患者数を10倍(10X)に増やせるか? • 思考実験としてはおもしろい。 • 1万床クラス、10万床クラスの病院、300-1000講座(医局)の大学病院 • 医療は労働集約型産業であるため、DXだけで患者数を10倍にすることは難し いが、10倍規模の病院を考えるとデジタル基盤は必要であり、DXは必要。

14.

ガバナンス(組織統制)上の問題点 • 複雑な組織構成 • 診療部門、職域、専門、資格 • 専門性の高い国家資格職であり、慢性的に人手不足でもあり、トップ ダウンで経営陣の意向が伝わりにくい。 • 制約の大きいビジネスモデル • 医療法、療養担当規則、保険医療上の制約 • DXに関するコストを価格に転嫁できない

15.

システム構成 • メインとなる電子カルテ・オーダリングシステムと部門システ ム、検査機器に分かれており、それらを統合して運用する必要 がある。 • RS-232Cによるシリアル接続から、HL7 FHIRによるREST APIなど、 さまざまなインターフェースでの連携が求められる。 • 医療用の検査機器は10年、20年と使われるものもあり、脆弱性を抱え ていてもアップデートができないケースもある。 • 現場の運用とデジタルシステムの運用のすりあわせ • 現場の運用次第では電子カルテなどにさまざまなカスタマイズコスト が発生し、時に高額となる。 • 理不尽なローカルルールは廃止され、業務手順の標準化が進みつつあ るが、「現場の工夫」によるものは、むしろDXに取り込みたい

16.

医療DX人材のキャリアパス問題 • 医療従事者からキャリアアップ • 医療従事者として医療情報部門を兼務して医療情報部長へとキャリアアップ。 • 医療職の片手間になりがち。専任できるのは大病院に限られる。 • 医療事務からキャリアアップ • 医療事務から事務長、医療情報部長職へ。 • 膨大な事務仕事の一環として • 医療情報学研究者としてキャリアアップ • 医療情報学講座(全国の国立大学にある)で研究して教授職を目指す • アカデミックポストは大枠削減の方針が強く、医療情報部長ポストも他の診療科の兼務ポストであ ることが多い • 医療情報産業でのキャリアアップ • ICTベンダーの中の医療情報専門職 • ベンチャーたちあげ • 行政職としてキャリアアップ? • デジタル庁?厚労省医療情報参事官室?

17.

DX人材の質の確保と企業文化・風土 IPA,医療DX白書2023,p23, p25

18.

医療DXを進めるためには • ICT業界で開発された新しいマネジメント手法は医療でも有用 • 医療も技術者集団であり、ICT業界で技術者のマネジメント手法として 見いだされた「心理的安全性」「SRE; Site Reliability Engineering」 などDXだけではなく広く有用なものは取り入れるべき。 • データを活用していこう • 日々の業務を改善するためにはデータが必要。 • 計測なくして改善なし • 医療DX人材のキャリアパスを育てていこう • 今の医療DX人材に対する評価は、今までの医療情報担当者への評価で ある。 • いたしかたないところもあり、責任の一端は感じているが、このまま では健全な発展は見込めないという危機感がある。

19.

DX人材を雇用するために はDX人材が必要。

20.

現場で求められる医療DXのために •圧倒的なパワーで圧倒するっ! • • • • DX投資は医療でも有用であることを示す。 医療DX人材がいれば病院は変わる。変えられる。 DX人材が増えないとDX人材の雇用が進まない。 DX人材の水準を上げることで、自分の価値も高められる。 • 体系的理論を身につけ、応用範囲を広げる。 • 臨床医学は基礎ができてこそ活用できる。 • 基礎科学:物理、科学、生物学 • 基礎医学:解剖、生理、生化学 • DXも基礎が重要 • • • • 情報学、コンピュータサイエンス、ガバナンス、マネジメント、セキュリティなどなど GAPS Frameworkは医療DXを進める上で有用。 その上で経験を積んで活用する。 海外でも通用するレベルの医療DX人材育成

21.

GAPS を考えよう。

22.

GAPSとは? • Governance • 組織管理、統制、経営 • Architecture • 技術構成 • People and program management • 計画運営 • Standards and interoperability • 標準,相互運用性

24.

Governance 組織管理、統制

25.

Governance(組織統制)とは • 定義 • 組織内外の利害関係を調整し、組織の価値を高めるよう方針を定めること。 • 資産評価 • 組織が所有する資産を評価し、組織にとっての優先順位を設定する。 • 目標設定 • 組織として達成すべき課題を明確にする。 • 目標達成までの客観的な評価基準を定め、事業の継続性を担保する。 • コンプライアンス • 上記の目標や評価項目が法令の範囲であり、既存の政策や組織のポリシーにも矛盾 しないこと。 • ステークホルダーに対して実施するDXの内容とその意図について明確に説明するこ と。 • 制度設計 • チームを組織し、上記の内容について周知し目標達成までのチェック体制を整える。

26.

情報・技術ガバナンス(組織統制) I&Tガバナンスとは,その業務に関連するすべての関係者を組織するため のフレームワークである. どのような便益があるのか •I & Tを導入する目標は何か. •I & T投資に必要となる費用とその効果について明確に説明できるか. リスク最適化 •法令順守,実績管理,セキュリティポリシー リソースの最適化 •人,モノ,カネの最適化 •情報資産、情報技術資産の評価、管理

27.

「はだかの王様」 ITわからないから適当に やっといて。 なんでそんなにお金が掛か るの? それじゃ仕事にならない. そんなことしなきゃいけな いの? 現場が言うならしょうがな いよ.ITでどうにかしてよ. ガバナンス不良は 組織にダメージを 与える事故につな がる。 情報セキュリティ 事故の責任を取る のは組織の長であ る。

28.

Architecture 技術構成,設計

29.

Architecture(技術構成,設計) • 情報システムは,多くの技術的コンポーネントによって構成される。 • システムを構成する技術は経年劣化し、維持コストが負債となる。 • 採用する技術がどのように関係者にとって役に立つのかを示すような設計図(あ るいは工程表、計画)を示す必要がある. • 関係者にどのようなものが構築されようとしているのかを理解してもらい,どのように 便利になるあるいは不便になるのかを知ってもらう. • 「関係者と共有するための計画,工程表」は当然ながらガバナンス体制より承認 をる必要がある. • 計画や工程表,設計図には「誰」が「何」を構築しようとしていて,「いくら」 費用が掛かるのかを関係者に分かるように示さなければならない. • TOGAF(The Open Group Architecture Framework)なども参考にする。

30.

その技術は何を解決しますか?

31.

ハンマーしか持っていなければ、全てが 釘に見える(アブラハム・マズロー) Image from https://stlong.files.wordpress.com/2011/06/hammer_nail.jpg

32.

よりよいArchitectureを目指して • 業務改善の本質は技術以外であることも多い. • ガバナンスやマネジメントの問題を技術だけで解決するのは難しい. • ただし、技術的な解決は圧倒的な生産性にもつながりうる。 • 技術評価基準 • 実績、コスト、効率、第三者の意見 • 代替となる技術はあるか. • 技術上の問題点は何か? • 技術構成以外の問題点は何か? • 人的資源,運営,法令 • その技術を採用することで発生する問題はあるか?あればどのよう な問題か? • 利害関係の調整

33.

People and program management 計画運営

34.

People and program management(計 画運営) • 計画全体を関係者に示すことで,各自に割りふられる業務を明確にし,最終的に 構築されるものが何であるかを受け入れてもらえるようにする. • しかしながら,関係者が見たこともないような医療情報システムの導入や運営に ついて事前に理解してもらうのは難しく、定着までに継続した説明と臨機応変な 対応が求められる。 • 以下の2つの方法は提案できる. • 1) 小さいところから始める.計画運営について演習することができる内部グ ループを作って,実際に活動をして学習していく. (PRINCE2方式.時間 がかかり,ミスも発生しうる) • 2) 実績があり認定されたプロジェクト管理組織に運営を委託する.(早いが お金がかかる) • この2つの方法は同時に進めることも可能である.

36.

「イヤイヤぼうや」 情報システム導入前 忙しい。 ITなんてわからないからそ ちらでやっておいて. 自分の仕事じゃない。 資料は渡すからこれを元に やっておいて。 情報システム導入後 きいていない。 説明をきちんと受けてい れば認めなかった。 これじゃ仕事にならない カネの無駄だ。 元のほうがよかった.

37.

「サイレントキラー」 会議では決して意見を述べな い. むしろほめてくれたりする. 便利になりそうですよね。 早く使ってみたいです. (ま,実際には使わんけど.) 運用段階になって、システム 運用を消極的に拒絶するボイ コットなどの手段に訴えてく る

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より多くの関係者に参加を促す. • 当事者意識を持っていただく. よりよいPeople and program management (計 画運営)のため に • 部署間の調整が必要であればガバナンス組織や経営部門に 力を借りる. • 運営がうまくいくことで,関係者にメリットがあることを 示す. • 運営のために負担が増えるユーザーにも配慮する. 属人的な要素はできるだけ排除していく. • 「詳しい人」を作らない. • マニュアルやメモを整備する. 運営資源の確保 • ヒト・モノ・カネ

39.

Standards and Interoperability 標準と相互運用性

40.

Standards and Interoperability(標準と相互 運用性) • 今現在においても,厚生労働省が所掌する業務を遂行するに十分な標準規格はな い. • 情報システムにおいて、導入・運用計画,工程表,技術構成についての全体図が 整備され,その運用がうまくいってはじめて,設計図の一部としての「標準」を 活用することができる. • 各システムがデータをやりとりするためには共通して参照できる手順書が必要で あり、それが「標準」である。 • 医学の進歩や医療の変化に伴い、標準もまた継続的にコストをかけて開発してい く必要がある。 • 標準の開発やその実装には社会的コストが必要である以上、第三者による技術的 評価や医学的妥当性の検証が必要であり、標準についてのさまざまな情報が公開 されていることが望ましい。

41.

医療情報標準規格 交換プロトコル IHE HL7 メッセージ形式 MML ISO 13606 openEH R 臨床情報モデル SNOMEDCT 用語 ICD-10 厚生労働省マスタ

42.

ハンマーしか持っていなければ、全てが 釘に見える(アブラハム・マズロー) Image from https://stlong.files.wordpress.com/2011/06/hammer_nail.jpg

43.

「笑顔のセールスマン」 システム間の隙間を埋めて さしあげますよ 標準なのでコストはかかり ません. 全てのシステムに対応でき ますよ 標準の開発や導入 にはコストと時間 がかかる。 全てのシステムに 網羅的に適応でき る標準はなく、目 的に応じて使い分 ける必要がある。

44.

標準は手段であって目的ではない • 標準を採用することがゴールとなってはいけない. 確立された保健医療標準など一つもない Standard and interoperability を活用するた めに • 保健医療が発展し,変革している状況であり標準もそれに応じて育 てていく必要がある. 標準には適応できる対象と範囲がある • 日本で普及しているとされるSS-MIXやIHEにも適応と限界があり, 導入にはその範囲を見極める必要がある. 標準を導入するコストは決して安いものではない. • 標準を導入するコストが高く導入するメリットが低いことも多い • しかし,未来に向けての投資は必要である.

45.

まとめ • 医療分野でのDXは難しく、現在も成功しているとは言えない。 • しかし、他業種でDXを実現させたノウハウの中には、医療にお いても役に立つことはたくさんある。 • 発想を実装できる力があれば、可能性は無限。 • 圧倒的なパワーを持つ人材を育成し、キャリアパスを輝かしい ものとしていきたい • GAPSフレームワークを通じて現存する情報ギャップを把握す ることは系統的な問題解決に役に立つ。