(2024年度 日本語教育学会 秋季大会 口頭発表)外国人児童生徒教育を担う指導主事の視座―教育行政の総合性/専門性の狭間における模索過程―

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November 30, 24

スライド概要

外国人児童生徒に対する日本語指導では,現場を下支えする自治体教育委員会事務局の役割も大きい。現場からも教育委員会事務局や指導主事には大きな期待が向けられる。ただ,その教育行政的特性や指導主事の専門性の観点からその職能や課題は十分に検討されてこなかった。 教育行政はその特性として,専門性よりも民主性,個別性よりも総合性に重きが置かれる。外国人児童生徒教育のように個別的な専門性が必要とされる場合に困難が生まれる。担当となった指導主事は職務の方向性を見定められず,葛藤を生み出す可能性があるし,また行政組織としての蓄積もされにくいからである。 本発表は外国人児童生徒の教育をめぐる教育行政の総合性と専門性の狭間にある葛藤の所在を明らかにし,その解決の方途を探る。そのために,市町村教育委員会事務局の指導主事4名からの聞き取りをもとに,そこにある職能形成の特徴と教育行政的課題を検討する。

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教育方法学・教科教育学という「一般的な教育」と,外国人児童生徒教育学という「特別な教育」をどちらも行っています。 このどちらもを同時に行う研究室は,日本の中ではほとんどありません。その結果,大学を含む多くの教育の場でこの両者は別々のものになってしまっています。

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各ページのテキスト
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2 0 2 4 年度 日 本 語 教 育 学会 秋 季 大 会 口 頭 発 表 外国人児童生徒教育を担う指導主事の視座 ―教育行政の総合性/専門性の狭間における模索過程― 南浦 涼介(広島大学)

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はじめに 外国人児童生徒教育を担当する「教育委員会事務局の指導主事」 関係者の期待は大きいけれども,教育行政の特性や指導主事の専門性の視座からは あまりその職能やその意味,あるいは課題について検討されてこなかった 指導主事の役割と困難性(例 宮坂, 2017) 学校と行政の間をつなぐキーパーソン 教育行政にある「専門性」と「総合性」の矛盾(村上・橋野, 2020) 民主性>専門性 • 実際に現場の課題を把握する • 教育委員会事務局は統治的な特性から突出した専門性をつくることに抑制的 • 教育課程や学習指導などの教育の 専門的事項に関して指導助言を加える • 民主的な自治では,専門性は時に民意を無視した独走を生みだす側面もある 幅の広い総合性 • 専門的事項に関わる業務以上に, 行政業務の範囲も広く,専門性の発揮が難 しい 総合性>個別性 • そうした結果,ある特定の業務に特化した専門行政よりも,様々な業務を 担う総合行政が重視される傾向(配置転換を数年で繰り返す) 社会的に観点や経験が醸成・共有されていない 外国人児童生徒教育のように個別的な専門性が必要とされる場合に困難担 当指導主事は職務の方向性を見定められず,葛藤する可能性 行政組織として蓄積もされにくさ 宮坂政宏 (2017) 「指導主事の職務の実際と教育実践に対する課題意識 -大阪府教育委 員会指導主事対象アンケート調査をもとに-」『教師学研究』 20 (1), pp.17–25. 村上祐介・橋野晶寛 (2020) 『教育政策・行政の考え方』有斐閣 2

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はじめに 総合性・民主性と専門性・個別性の間を乗り越えるためには? 教育行政が自律的に専門性を発揮するための観点 自己操縦と自己制御(村松, 1998) • 「自ら判断をして一定の行為を起こすこと (自己操縦)」と「結果について の情報を得てこれによって判断の誤りを修正することができること (自己制 御)」の両者の機能が重要 自治体が自律的に機能する条件(田中 2022) 外国人児童生徒の教育に関わる 指導主事の職務が 十全に行われるためには こうした観点が同様に重要 • 自己操縦・自己制御機能成立の条件: ①組織体制の在り方,人的配置,②権限を持つ主導者の存在,③財源確保の重要性 本発表の目的 検討していきたいこと ① 指導主事はどのように職能の世界をつくっていくのか (指導主事の外国人児童生徒の教育に関する専門的な職能形成過程の把握) ② その中で外国人児童生徒の教育が行政として自律的に動いていくためにはどうあるとよいのか (民主性と専門性をめぐる視点から見た、外国人児童生徒の教育に関する自治体教育行政の自律的施策展開の方向性) 田中友理 (2022)「教育の情報化と教育委員会事務局の機能―公立高校における学習者用端末の整備状況から―」『日本教育工学会研究報告集』 2022 (3), pp.62–69. 村松岐夫 (1998)『地方自治』東京大学出版会. 3

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研究方法 研究方法 4人の市町村教委事務局に所属する指導主事へのインタビューをもとにした グラウンデッドな理論形成から検討 指導主事のデモグラフィクス GTAを取る理由 • インタビュー:個別の指導主事のライフ コースや職能形成のプロセスを聞き取る • 各ケース毎にまとめるのではなく,全体に 共通する点を浮き上がらせることが目的 指導主事 地域 地域の外国人 A 政令指定 都市 歴史的に長く外 国人が集住 2年目 小学校教員15年程度,日本語 指導経験あり B 地方都市 近年外国人が急 速に増加 5年→小学 校へ異動 小学校教員15年程度,小学校 外国語教育 C 中核市 近年外国人が急 速に増加 3年目 中学校教員15年程度,数学教 育 D 地方都市 比較的長く外国 人が集住 3年目 中学校教員10年程度,数学教 育 プロセス • 発表者が自治体で外国人児童生徒教育研修 などで関わりをもった指導主事に別途依頼 (広島大学の研究倫理委員会の審査済) • 外国人児童生徒に関する研修がある場の指 導主事という偏りがあるが,指導主事が外 国人児童生徒教育を担当する点で妥当 • 政令指定都市から中核市,地方都市といっ た地域特性と,外国人の集住性やその取り 組みの歴史の長さには注意する 在職年数 学校経験 • インタビューは半構造的な形。指導主事になるまでのキャリア経験,情報 の得方,重視している点,困り感などについて聞いた。 • 分析は質的研究分析ソフトNVivoを用いてデータをコーディング。 全体に共通するコードをカテゴライズし,理論的飽和に到るまで整理 4

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分析から見出されたこと インタビューを通して見られる4名に共通する 外国人児童生徒教育担当としての職能形成過程 5

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分析から見出されたこと/葛藤から確信に到るプロセスで起きること 葛藤と模索 1年目の葛藤。「教員キャリアから指導主事へ」「外国人児童生徒教育の未経験」 「青天のへきれき」 • 日本語指導に関わっては、それこそ県から下りてきた通知を学校の先生に伝えるってい う。1年は正直その程度ぐらいですね、本当に。 • 1年目、外との関わりっていうともうほぼなかったかもしれないですね。県の研修が2回 くらいあったぐらいじゃないかな。 • まさに、今おっしゃられた青天のへきれきで、自分は全くこれまで日本語指導とか、外 国ルートの子の教育支援みたいなところは、主として携わったことがなかったところ だったので、何にも分からないけど大丈夫かなっていうのが正直なところ。 「予算は前年についている」 • ていうか、もう1年目は変えれないんですよ。 • やっぱり1年やっていかないと次の年の計画は最初からできないんですよ、年度の途中で 次年度の計画をやっていく。 6

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分析から見出されたこと/葛藤から確信に到るプロセスで起きること 人との出会いと立場の結びつき 「葛藤と模索」の状況からの転換点が発生する契機としての「人との出会い」 「実際に現場を見る」中でそこをよく知る人との対話 • 中学校で見たときに通常学級で、もう参加できてない子がいて。それを直 接見たら。2年目のときにそれを見たら、こういう子たちが参加できるよ うにする体制だったりとか仕組みっていうのはいるんだなって。本当にい い子で座ってるだけみたいな。そういうとこが実際見たのが大きいですね。 • でも初めは、実際行ってそういう所、見たりとかするところからやっぱり 考える時間とかが増えたりして。 「大学教員との出会い 」研修依頼や近隣の大学との結びつき • 本当にだいぶ前から研修には、多分ずっと●●先生とか入ってくださって て。●●大学ずっと徐々に変わってこられて。いいなと思うのが、理論面 を教えてくださる先生がたと、▲▲先生みたいに体制整備で協力してくだ さるのと、2本。市教委としては両方、体制整備の部分もすごい大きいから、 こっちばっかりでもあれなので。学生さんを入れてくれたり。 • 大学の先生とは僕はうまく付き合っていけたらなと思いますし、特に外国 の子どもたちの現状を知るっていうのが、日本の子どもたちはちょっと尺 度が違うような部分があったりするので、いろんな先生に聞きながらやる。 単に出会うからよいということ ではなく,それらが自分の職務 との結びつきが得られていく とくに研修の場が大きく 自分が研修を組み立てることで 具体的なつながりや内容の視点 を得ていく 7

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分析から見出されたこと/葛藤から確信に到るプロセスで起きること 指導主事前の職務経験と指導主事の仕事のむすびつき 教員キャリア時代の経験や視点が,自治体における体制整備や事業と結びつく 教員キャリア時代の職務の経験が結びつく • 自分も市教委に入る前に、英語が喋れるからって、うちの学級にいつも外 国の籍の子、固められて。そのときは、でも保護者連携も英語でしないと いけないことはなかったんだけど、その頃は知識がなかったから英語がで きる先生のところじゃないと無理よねって思ってたんだけど、この仕事を し出して、やさしい日本語が必要なんだとか、いろんなことが分かってき たときに、先生たちの意識、変えないと。英語ができる人に任せばいいと か、日本語指導学級の先生がおらんかったら保護者、呼べんよねとか。 • いや。自分自身も、そもそもこれまで教員してきた中で、キャリアとか進 路指導とか、そういった進路保障の部分ってすごく大事だなと思ってたし、 うちの係もそうですし、●●市としてもキャリアの部分っていうのはすご く、特に外国ルーツの子については、もっと推進していったほうがいいっ ていう立場ではあったので、そういうことが合致したという感じですかね。 こうした職務上の経験と 実際の場を見たことや人との結 びつきが,ビジョンの発見につ ながる 前任者からの引継業務も • やっぱり前やってた方を見て、まずは。自分で新しくつくるっていうより は前されている方とかを見て。もちろんそのままやるっていうことがいい とも思わないんだけど 8

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分析から見出されたこと/葛藤から確信に到るプロセスで起きること ビジョンの発見 ビジョンの発見と行政業務としての重なり 「ビジョン」の見出し • せっかく○○市がこうやって力入れてやってることを、○○市の学校で働 く教員すら知らないっていうことは、すごく問題だなと思うし、いざ、子 どもが転校、転入があるというときに、慌てふためいてしまう。(中略) そこをもっとオープンにして、○○市ってこんな取り組みしてますよって いうことを、しっかり知っていただくということと、外国ルーツの子たち の教育にもっと関心を持ってもらって、それに興味を持ってもらうってい うことも、すごく大事(中略)今年度は日本語指導をもうちょっとPRす るような、(中略)それをもっとやっていきたいなって。 • 意識改革、とにかく。日本語指導の先生に任せるっていうのじゃなくて、 普段の、普通の学級担がその視点を持って授業をする。だけど、その視 点っていうのは外国籍のための視点じゃなくってユニバーサルでくくって いいんかどうかが専門的には分からんのだけど。そこなんですよっていう ことを浸透させていくところに来とるんかな 「流れ」の存在 • 大きな流れがあって。流れがあった中で指導員の方もきて。指導員のかた が協議会をつくりましょうといったわけじゃない。流れがあったんです。 「指導主事の仕事の創造的側面」の後押し • やっぱり仕事を創造していくっていうの が、子どもたちにどんな支援、指導がい いかっていうのを日々考えることが。 • 理科だったらこうやってるよっていうこ とは教えてもらうこともありますけど、 この分野でどう事業を組み立てていくか は他の指導主事は何も分からない • 「指導主事っていう立場はとっても楽し い部分だし、指導主事になってよかった なって思える部分なんじゃないかな」と は(上司に)お話されたことがあります 行政上の流れ,指導主事の仕事 の創造的側面と上司の後押し, ビジョンが結びつくと,動きが でてくる 9

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論点と示唆 総合性が基盤にある職務の中の専門性獲得 多くの指導主事は「外国人児童生徒教育」だけを職務にしているのではない 多くの指導主事職では「外国人児童生徒教育」は兼担となる • 人権教育の中の仕事,外国語教育との兼務,特別支援教育との兼務など • 多くは専門的な外国人児童生徒教育のキャリアを積んできたわけではない ただしこれは人材の少なさ以上に 総合行政の面が強い教育行政の配置としては妥当 ニッチな分野ゆえ以上に,総合行政性の重視ともいえる ただし,自治体としての知見に乏しい外国人児童生徒教育領域では こうした総合性によって,着任した指導主事は 蓄積された情報や知見がないために大きな壁を持つ 担当者が一人であることがさらに難易度が増す 「現場の専門家とのつながり」 「大学とのつながり」 「自己の職能経験とのつながり」 などは個人の職能形成としては重要 またそれは「キーパーソン」 なのかもしれない しかし,専門性獲得の面が 極めて関係や状況にねざした 属人的なものになっているリスク 「いわゆるキーパーソン言説」に回収しない 行政制度的検討の必要性 10

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論点と示唆 地方自治において外国人児童生徒の教育行政が自律的に機能する契機 属人的なリスクをのりこえ,教育行政を「自己操縦と自己制御」させるための視点 ① ② ③ 組織体制の在り 方,人的配置 権限を持つ 主導者の存在 財源確保 外国人児童生徒教育の 指導主事という配置 指導主事の創造的側面を 後押ししてくれる上司や行政 的流れの存在 「きめこま(帰国・外国人児 童生徒等に対するきめ細かな 支援事業)に乗った」状況 指導主事がビジョンを持った動きが出来るときにはこうした視点が背景にある ことは,個人の職能形成を越えて 自律的な外国人児童生徒教育の教育行政を動かしていく契機にはなり得る? + 実質的な総合行政で職能が活かされていくためには「地域ニーズ」も重要 「現場のベテラン」「大学の教員」などのアクターとの結びつきは 指導主事の専門性の面だけではなく 指導主事が民主性の面として「地域の声の代弁や媒介している」役割もあるのでは? 11

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論点と示唆 指導主事は総合行政の中で専門性を動かす/ニーズと専門性の結びつけて総合行政を動かす 決して「指導主事さんが良くなったら外国人児童生徒教育の現場は変わる」ではなく パターン1 ソーラー型 地域ニーズと総合行政が噛み合い 流れが生まれる中で指導主事も専門性を得ていく パターン2 プラネタリ型 地域ニーズと指導主事が結びつき そこが回っていく中でやがて全体が動いていく

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論点と示唆 指導主事は総合行政の中で専門性を動かす/ニーズと専門性の結びつけて総合行政を動かす 決して「指導主事さんが良くなったら外国人児童生徒教育の現場は変わる」ではなく パターン1 ソーラー型 地域ニーズと総合行政が噛み合い 流れが生まれる中で指導主事も専門性を得ていく パターン2 プラネタリ型 地域ニーズと指導主事が結びつき そこが回っていく中でやがて全体が動いていく

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主要参考文献 1. 2. 3. 4. 島田希・木原俊行・寺嶋浩介 (2015)「学校研究の発展に資する教育委員会指導主事の役割の 検討―コンサルテーションの概念を用いて―」『日本教師教育学会年報』24, pp.106–116. 田中友理 (2022)「教育の情報化と教育委員会事務局の機能―公立高校における学習者用端末 の整備状況から―」『日本教育工学会研究報告集』 2022 (3), pp.62–69. 南浦涼介・中川祐治・三代純平・石井英真 (2021) 「民主化のエージェントとしての日本語教 育―国家公認化の中で『国家と日本語』の結びつきを解きほぐせるか」『教育学年報』12, pp.287-308. 宮坂政宏 (2017) 「指導主事の職務の実際と教育実践に対する課題意識 -大阪府教育委員会指 導主事対象アンケート調査をもとに-」『教師学研究』 20 (1), pp.17–25. 5. 村上祐介・橋野晶寛 (2020) 『教育政策・行政の考え方』有斐閣. 6. 村松岐夫 (1998)『地方自治』東京大学出版会.