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September 01, 26
スライド概要
2世紀ローマの医者ガレノス(129年〜216年ごろ)は、157年から4年間、ペルガモンの剣闘士団の専属医を務めました。前任者の時代は60人が死んでいたのが、在任中の死者は5人だったとされます。その後ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの侍医となり、残された著作は2万ページを超え、1000年以上にわたって医学の教科書でした。
この人は運動を「処方」していました。「すべての動きが運動なのではなく、激しいものだけ。激しさの基準は呼吸の変化」と定義し、運動を強い・速い・その両方に分類し、マッサージまで同じ扱いで処方に含めています。
ところがガレノスは強すぎたために、約1500年間「正解」になりました。 1543年にヴェサリウスが崩すまで、当時の解剖学の教授は自分では解剖せず、高い椅子に座ってガレノスの本を読み上げ、弟子に切らせていたと伝えられています。処方した本人の言葉が、誰にも確かめられないまま1500年読み上げられたという話です。
45歳・バツイチ・人生立て直し中。事故や降格で一度は盛大に折れました。 今は筋トレ・サウナ・歴史・仕事の学び直しで、コツコツ再起動中。 戦国武将や哲学者の生き方を、筋トレやサウナと無理やり結びつけて、失敗からの立ち直り方を書いています。
剣闘士団の医師から、 皇帝の侍医へ ガレノス。129年生まれ、216年ごろ没。 2世紀ローマで活躍したギリシャ人の医者。
死者は前任者は60人、 この人は5人 157年から4年間、剣闘士団の医師を務めた。 死者の数。ガレノス自身が書き残している。 運動を、人に合わせて 処方していた 呼吸が変わらない動きは運動ではない、と定義。 小さなボールの運動を最良と一冊で主張している。 強い、速い、その両方 に分けて出した マッサージも同じ扱いで処方に入れている。 何を・どれくらい・どう回復するかを決めた。
1500年、誰も 自分で確かめなかった 1543年、ヴェサリウスが誤りを指摘するまで。 教授は椅子で本を読み、弟子に解剖させていた。
処方は、出された相手のもの 流れてくるメニューは、他人に出された処方箋。同じ人でも、部位によって効く処方は違う。 他者の成功が自分たちの成功につながるとは限らない。 他人のメニュー 自分で試した記録 ↓ ↓ 合うかは分からない 自分の量が決まる 同じ種目でも、効く量は人によって違う
仕事に置き換えると うまくいった手順も、自分の現場で確かめる 同じ会社でも、チームごとに効く打ち手は違う 判断の基準を自分で持つと、迷いが減る AIの使い方で、他人に踊らされないように
あなたへの適切は、あなたが決めていい ガレノスは呼吸で線を引いた。 基準は、自分で持てばいい。