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September 01, 26
スライド概要
平安中期の僧・源信(恵心僧都、942-1017)は、15歳で宮中で講義をして天皇から褒美を賜りました。うれしくて母に送ったところ、母は褒美を全部送り返し、一首を添えてきます。「後の世を渡す橢とぞ思ひしに 世渡る僧となるぞ悲しき」。
源信はこれで名利の道を捨て、比叡山の横川に籠りました。そこから約30年後に書いた『往生要集』が、日本人の地獄・極楽のイメージをつくり、法然を経て浄土宗の土台になっていきます。やったことが返ってくるまでに、30年かかることもあるという話です。
全8枚の内容:①源信という人物 ②15歳で天皇から褒美をもらった ③母は褒美を全部突き返してきた ④名利の道を捨てて山に籠った ⑤日本人の地獄のイメージを作った一冊 ⑥「自業自得」はもともと能動の言葉だった ⑦仕事に置き換えると ⑧まとめ
「自業自得」は『正法念処経』の「自業自得果」から出た言葉とされ、「業」はサンスクリットの「カルマン」=行為を意味します。『岩波仏教辞典』によれば、本来は主体的な行為・責任を強調した言葉が、特に日本では「あきらめるより仕方がない」という宿命論的な意味に解されるにいたったとされています。
なお、辞典によっては「自作悪業、自得悪報」と悪業に限って説明するものもあり、原文の範囲については資料が分かれます。 母の逸話も説話色が濃いため、「と伝わる」として扱っています。
45歳・バツイチ・人生立て直し中。事故や降格で一度は盛大に折れました。 今は筋トレ・サウナ・歴史・仕事の学び直しで、コツコツ再起動中。 戦国武将や哲学者の生き方を、筋トレやサウナと無理やり結びつけて、失敗からの立ち直り方を書いています。
名前は知らなくても、 影響は受けている 源信、恵心僧都。942年〜1017年、76歳没。 985年に『往生要集』を書いた平安中期の僧。
15歳で、天皇から褒美をもらった 宮中で講義をして、天皇が織物を与えたと伝わる。 うれしくて、母に送った。 母は褒美を全部、突き返してきた 後の世を渡す橋とぞ思ひしに世渡る僧となるぞ悲しき 名利の道を捨てて、山に籠った 比叡山の横川に隠棲したとされる。 そこから30年ほどして、一冊を書いた。 日本人の地獄のイメージを作った 六道と極楽の様子を、経典から集めた本。 法然はこれを読んで浄土教に入ったとされる。
自業自得は、もともと能動の言葉 業はサンスクリットのカルマン=行為のこと。 自分の行いの結果は、自分が受け取る。 本来の意味 日本での意味 ↓ ↓ 自分に返ってくる もう仕方ない 主語は同じなのに、向きが逆になっている
仕事に置き換えると 思っただけでは、何も成らない 積んだ分は、必ずどこかで返ってくる 返ってくるまで、時間がかかることもある
自業自得は、これからの話 思っただけでは、何も成らない。 積んだ分は、必ずどこかで返ってくる。