【論文紹介】個性的な名前は 40 年間にわたって増加している - 日本の名前研究を進めることの難しさとその解決方法(Ogihara & Ito, 2022, CRESP)

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February 26, 23

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本稿は、academist Journalに2022年8月5日付で掲載された寄稿記事(https://academist-cf.com/journal/?p=16475)を電子ファイル形式にしたもので、内容は同一です。

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青山学院大学 教育人間科学部 心理学科 個人ウェブサイト:https://sites.google.com/site/yujiogiharaweb/home Google Scholar:https://scholar.google.co.jp/citations?user=QOX4MokAAAAJ&hl=ja&oi=ao

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各ページのテキスト
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Academist Journal 1 / 4 個性的な名前は 40 年間にわたって増加している - 日本の名前研究を進めることの難しさとその解決方法 1 荻原祐二(東京理科大学) 本稿では、地方自治体の広報誌に掲載された、1979 年から 2018 年に生まれた新生児の名前を 分析し、40 年間にわたって、個性的な名前の割合が増加していることを明らかにした論文(Ogihara & Ito, 2022, CRESP, https://doi.org/10.1016/j.cresp.2022.100046)を、領域外の方にも理解していただ けるように紹介しています。特に、日本の名前研究を進めることの難しさと、それをどのように 解決してきたのかについて、やや詳しく説明しています。紹介している論文はオープンアクセス ですので、どなたでもお読みいただけます。本稿では、 「名前」と表記した際には、氏名の「名」 (ファーストネーム)を意味しています。 概要 地方自治体の広報誌に掲載された、1979 年から 2018 年に生まれた新生児の名前を対象に、個 性的な名前の割合の経時的変化を分析しました。その分析の結果、個性的な名前の割合は 40 年間 にわたって増加していました。個性や他者との違いを重視し強調する方向に、日本文化が徐々に 変容していることを示唆しています。先行研究で示されていた 2000 年代以降だけでなく、1980 年代から個性的な名前は増加していました。個性的な名前の増加は、近年の新しい現象ではなく、 少なくとも 40 年前から見られる現象と考えられます。本研究結果は、日本における名前や名づけ の変化だけでなく、日本社会・文化の変容の理解にも貢献します。 Ogihara & Ito 2022 . . 先行研究:2000 年代以降の個性的な名前の増加 これまでの研究では、企業が公開している 2004 年から 2018 年に生まれた新生児の名前データ を分析することによって、個性的な名前の割合が増加していることが示されてきました(e.g., Ogihara, 2021; Ogihara et al., 2015)。 しかし、長期的な変化については分析されておらず、2000 年代以前から個性的な名前の割合が 本稿は、academist Journal に 2022 年 8 月 5 日付で掲載された寄稿記事(https://academistcf.com/journal/?p=16475)を電子ファイル形式にしたもので、内容は同一です。 1 🄫 2022 荻原祐二

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Academist Journal 2 / 4 増加しているかは検討されていませんでした。個性的な名前の増加は、2000 年代以前は見られず、 2000 年代以降になって初めて見られるようになった現象である可能性もあります。関連して、広 義で個性的な珍しい名前を意味する「キラキラネーム」という言葉が 2010 年頃から一般的にも広 く使用されるようになりました。こうした変化が示す通り、個性的な名前の増加はここ 10 年間程 で生じ始めた新しい現象なのかもしれません。 個性的な名前の割合が増加しているかどうかを検討することは、日本における名前や名づけの 変化だけでなく、個性や他者との違いをより強調する方向への日本文化の変容を理解することに も貢献します。 そこで本研究では、先行研究で用いられた名前データではなく、地方自治体の広報誌に掲載さ れた新生児の名前を収集することで、40 年間というより長期間にわたって、個性的な名前の割合 の経時的変化を検討しました。 方法:日本の名前研究を進めることの難しさとその解決方法 アメリカや中国と異なり、日本では名前の包括的・組織的なデータベースが(少なくとも今の ところ)ありません。そのため、先行研究では企業が収集・公開しているデータを分析していま した。それゆえに、長期的な変化については検討されていませんでした。名前は個人情報の最た るものであり、一定量以上の名前を過去から現在まで、組織的に収集することは困難な作業とい えます。 そこで本研究では、より長期間にわたって新生児の名前を収集できる媒体として、地方自治体 が公刊している広報誌に注目しました。広報誌は、出生や死亡、婚姻といった自治体構成員に関 する重要な情報を整理し、自治体内で共有する機能を持っています。そして、歴史や文化を含め たその自治体の情報を、自治体内だけでなく自治体外にも伝えていくために、過去から現在まで の広報誌を広く公開していることがあります。 こうした地方自治体の広報誌を用いて妥当な分析を行うために、一定の条件を満たした広報誌 を収集しました。具体的には、次の 3 つの条件を満たす広報誌を、全国各地の地方自治体ウェブ ページから収集しました:1 新生児の名前の表記と読みが明記されている、2 新生児の名前を 1 年間に 30 件以上掲載している、3 新生児の名前を 25 年間以上同一条件で掲載し続けている。 それぞれの点について特有の困難さがあり、これらすべての条件を満たす広報誌を見つけるこ とは容易ではありませんでした。たとえば、1 古い広報誌には、名前の表記はあるが、読みが記 されていないことが多い、2 出生数が大幅に低下しているため、新しい広報誌では、年間掲載数 が 30 件に満たないことが多い、3 個人情報に対する考え方の変化もあり、新生児の名前の掲載 方法を変更している自治体が多い、ことが挙げられます。1 の変化は特に興味深く、このこと自 体が、個性的な名前の読みが増えたために、名前の読みを明記する必要性が高まったことを意味 しているのかもしれません。こうした難しさがありながらも、北海道から九州にわたる全国から、 都市部・地方、内陸部・沿岸地域など、多様な地方自治体が発行する 10 の広報誌を分析対象とし ました。 さらに、分析対象となる広報誌が決まっても、そこから大量の名前を正確にデータ化すること は、大変な作業でした。たとえば、近年の広報誌は電子テキストが埋め込まれているものも多い 🄫 2022 荻原祐二

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Academist Journal 3 / 4 ですが、80 年代や 90 年代の広報誌は、紙媒体の広報誌をスキャンして画像化されたもの(住民 の方のメモや生活の痕跡が伺えるものもありました)が多く、そこから新生児の名前を正確に抜 き出すことは困難でした。OCR(光学文字認識)は適用が困難だったため、手作業で名前の入力 を行いました。名前の表記を入力する際に、ある読みに対して多数の漢字の選択肢がある場合も 多く、正しい漢字の選択に時間がかかりました。また、近年の名前は、漢字の一般的な読みとは 異なる読み方をしていることも多く(近年の個性的な名前の特徴については、こちらの論文をご 覧ください: https://doi.org/10.4189/shes.13.177)、実際の名前の読みとは異なる入力を行い、それを 漢字変換することが必要とされる場合も多々ありました。加えて、 「崚」 (リョウ) ・ 「稜」 (リョウ) ・ 「凌」 (リョウ) ・ 「陵」 (リョウ) ・ 「綾」 (あや) ・ 「峻」 (シュン)や「己」 (コ・キ)と「已」 (イ) と「巳」 (み)と「巴」 (ともえ)といった見た目の似た異なる漢字の区別、 「凛」と「凜」や「遙」 と「遥」といった旧字体と新字体の区別も必要であり、注意深い作業が必要となりました。そし て、入力されたデータに対して、誤りがないか念入りに確認を行いました。 こうして収集された、1979 年から 2018 年に広報誌に掲載された新生児の名前 58,485 件を対象 に分析を行いました。これらの名前は、出生届によって地方自治体に提出されたものであること から、実際に存在します。 まず、各自治体内で 1 年間に他の新生児の名前と重複していない名前の割合を算出しました。 そして、それらの経時的な変化を分析しました。さらに、1 年間単位だけでなく、当該の 1 年間 とその前後 1 年間ずつを含めた 3 年間単位でも、この分析を実施しました。 結果:長期間にわたる個性的な名前の増加とその性差 どちらの分析においても、1980 年代から 40 年間にわたって、個性的な名前の割合は増加して いることが明らかになりました。2000 年以降と以前で変化のパターンには違いが見られませんで した。よって、2000 年代以降だけでなく、1980 年代から 40 年間にわたって、個性的な名前が増 加していることが示されました。 「キラキラネーム」という言葉が広く使用されるよりもずっと以前から、個性的な名前は増加 していることが分かりました。個性的な名前の増加は、少なくとも 40 年前から見られる現象であ ると考えられます。 過去と比べて、近年の親は子どもにより個性的な名前を与えており、個性や他者との違いを重 視し強調する方向に、日本文化が変容(個人主義化)していることが示唆されます。こうした日 本文化の個人主義化を示す知見は、家族構造や価値観の個人主義化を示す知見とも一致していま す。 また、先行研究(e.g., Ogihara, 2021; Ogihara et al., 2015)で報告されていた 2000 年代以降にお ける個性的な名前の増加が、再度確認されました。同一の現象が、先行研究とは異なるデータに よっても示されたことになり、日本における個性的な名前の増加は頑健な知見といえます。 さらに、先行研究(Ogihara, 2021)で報告されていた、女児において男児よりも個性的な名前の 増加速度が早いという現象が、再度確認されました。男児と比べて、女児に対して個性的な名前 を与える親の増加率が大きく、個性や他者との違いを強調する傾向がより高まっていると考えら れます。 🄫 2022 荻原祐二

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Academist Journal 4 / 4 考察:まとめと今後の展望 本研究は、これまで検討されてこなかった 2000 年代以前の個性的な名前の増加を、広報誌に掲 載された実際の名前を用いて明らかにしました。個性的な名前の増加は、近年の新しい現象とい うよりも、少なくとも 40 年前から見られる現象であることが分かりました。この知見は、1980 年 代から 40 年間にわたって、個性や他者との違いをより強調する方向に日本社会・文化が変容して いることを示しており、日本における名前や名づけの変化だけでなく、日本社会・文化の理解に 貢献します。 少なくとも今のところ、日本では名前についてエビデンスに基づいた分析や議論が十分に行わ れているとは言い難く、多くの重要な問いが残されています。今後は、個性的な名前を人々がど のように評価しているのかや、新型コロナウイルスの蔓延が名づけに与えた影響などについても 検証し、新生児の名前・名づけと日本社会・文化の変容について、さらに検討を進めていきたい と考えています。 参考文献 Ogihara, Y. 2021 . Direct evidence of the increase in unique names in Japan: The rise of individualism. urrent esearch in Behavioral ciences, 2, 100056. https://doi.org/10.1016/j.crbeha.2021.100056 Ogihara, Y., Fujita, H., Tominaga, H., Ishigaki, S., Kashimoto, T., Takahashi, A., Toyohara, K., & Uchida, Y. 2015 . Are common names becoming less common? The rise in uniqueness and individualism in Japan. Frontiers in sychology, 6, 1490. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2015.01490 Ogihara, Y., & Ito, A. 2022 . Unique names increased in Japan over 40 years: Baby names published in municipality newsletters show a rise in individualism, 1979-2018. urrent esearch in cological and ocial sychology, 3, 100046. https://doi.org/10.1016/j.cresp.2022.100046 この記事を書いた人 荻原祐二 東京理科大学 教養教育研究院 助教。京都大学 教育学研究科 博士後 期課程修了。博士(教育学)。日本学術振興会 特別研究員 PD、カリフ ォルニア大学ロサンゼルス校 心理学部 研究員を経て現職。専門は社 会心理学・文化心理学だが、分野横断的なアプローチを行っている。社 会・文化と人間の相互構成過程に興味があり、近年は社会・文化の維持 と変容に関する研究を進めている。Society for Personality and Social Psychology(アメリカ人格社会 心理学会) Student Poster Award 受賞(2015 年)、日本心理学会 国際賞奨励賞 受賞(2022 年)。 ウェブページ:https://sites.google.com/site/yujiogiharaweb/home 🄫 2022 荻原祐二