アルツハイマー病に対するアミロイドβ抗体薬とApoE遺伝子検査に関する臨床倫理的問題

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March 16, 25

スライド概要

日本臨床倫理学会第12回年次大会(20250316)口演で使用したスライドです.専門の医師のみでなく,多くのひとと議論したいと思い発表をしました.内容としては,アルツハイマー病に対する新たな治療としてのアミロイドβ抗体薬,特にレカネマブについての効果や副作用を詳しく説明しています.また,ApoE遺伝子検査に関する臨床倫理的問題についても考察し,遺伝子検査が治療の意思決定や患者の安全にどのように影響するかを論じています.特に,遺伝子検査の結果の開示や検査の実施が重要であることを強調しています.

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岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授

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各ページのテキスト
1.

アルツハイマー病に対するアミロイドβ抗体薬と ApoE遺伝子検査に関する臨床倫理的問題 下畑 享良 岐阜大学大学院医学系研究科 脳神経内科学分野

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日本臨床倫理学会 COI 開示 筆頭発表者:下畑 享良 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野・教授 演題発表に関連し,発表者に開示すべき COI関係にある企業などはありません.

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アルツハイマー病に対する新規治療として アミロイドβ抗体が2剤(レカネマブ,ドナネマブ) 使用できる状況になった. 効果と副作用 ApoE遺伝子 検査 議論すべき 臨床倫理的 問題 時間の制限のため主にレカネマブのデータを示す.

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アルツハイマー病の脳には アミロイドβの沈着が見られる 老人斑 https://pathology.or.jp/corepicturesEN/17/c04/03.html ピッツバーグ大学 PET Amyloid Imaging group HPより

5.

認識部位の異なるさまざまな アミロイドβ抗体が作成され臨床応用された △ ◯ ◯ Cell. 2023;186(20):4260-4270.

6.

レカネマブの有効性 第Ⅲ相Clarity AD試験で,開始18カ月の時点での全般臨床症状の評価指標である CDR-SB(Clinical Dementia Rating Sum of Boxes)スコアの平均変化量は, レカネマブ群が偽薬群と比較して-0.45となり,27%の悪化抑制を示した(p=0.00005). N Engl J Med. 2023 Jan 5;388(1):9-21.

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点数の変化量を縦軸にする ⊿ 開始前スコア両群とも約3.2点 18ヵ月後 レカネマブ群 Δ1.21点 偽薬群 Δ1.66点 0.45/1.66点(27%)の抑制 Twitter @schrag_matthew

8.

点数の絶対値を縦軸にする ⊿ 開始前スコア両群とも約3.2点 18ヵ月後 レカネマブ群 4.41点 偽薬群 4.86点 0.45/4.86点(9%)の抑制 Twitter @schrag_matthew

9.

点数の絶対値を縦軸にする Normal Early cognitive impairment 18ヶ月以降どうなる のかは不明である Mild dementia 開始前スコア両群とも約3.2点 ⊿ Moderate dementia Severe dementia 18ヵ月後 レカネマブ群 4.41点 偽薬群 4.86点 0.45/4.86点(9%)の抑制 Twitter @schrag_matthew

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アルツハイマー病では脳血管にもアミロイドβが沈着する 血管平滑筋(赤)がAβ(青)で 置換されている. Aβ抗体を投与すると,血管基 底膜 (緑)が炎症・補体活性化 を起こし脆弱となり,血液脳関 門が破綻する

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アミロイド関連画像異常(ARIA) 浮腫(E),出血(H) ARIAの症状: 頭痛,混乱,嘔吐, 視覚異常,歩行障害, 重篤な場合,けいれん, てんかん重積,脳症,昏睡 ARIA-E ARIA-H

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レカネマブにおけるARIAの頻度 レカネマブ群 偽薬群 死亡 0.7%(6例) 0.8%(7例) 重大合併症 14.0% 11.3% ARIA-E 12.6% ✕7.4 1.7% ARIA-H 17.3% ✕1.9 9.0% 0.7% 0.2% 症候性ARIA-H ARIA-Eは治療開始3ヶ月以内に生じる. いずれも軽症~無症候で治験の中断には至らなかった.

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効果と副作用 ApoE遺伝子 検査 議論すべき 臨床倫理的 問題

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ARIAの4つの危険因子 1. ApoE遺伝子 4 2. 既存の微小出血,脳表ヘモジデリン沈着 3. Aβ抗体の投与量 4. 抗血栓薬の併用

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ApoE 4遺伝子はARIAの重要な予測因子である (レカネマブ) ApoE 4 遺伝子 非保因者 (-/-) 278人 ヘテロ接合 (+/-) 479人 ホモ接合 (+/+) 141人 症候性ARIA-E 1.4 (0) 1.7 (0) 9.2 (0) ARIA-E 5.4 (0.3) 10.9 (1.9) 32.6 (3.8) ARIA-H 11.9 (4.2) 14.0 (8.6) 39.0 (21.1) 非保因者 ヘテロ ホモ 16% 31% 53% ( )の数字は偽薬群での頻度を示す. 遺伝子検査を行うことにより,ARIAが高率に生じるホモ接合の人(治験では16%) を見出すことが可能である.

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レカネマブによる死亡3症例の特徴 • いずれも偽薬群の治験参加者で,本人が希望し,オープンラベル試験 延長の一環としてレカネマブが投与された. • 4つ以上の微小出血あるいは重篤な脳アミロイドアンギオパチー(CAA)を 示す所見を認めた場合には登録されていない. 第1例 80代後半男性,経口抗凝固剤アピキサバン使用中に脳出血にて死亡. 剖検にてCAA+. 第2例 65歳女性,開始1ヶ月後にARIA-EとARIA-Hをきたし,さらに脳梗塞を発症後, t-PA使用し死亡.剖検にてCAA+.4/4 第3例 75~80歳女性,3回目の点滴後,失語症・脳症が出現.抗てんかん薬とIVMP にて治療したが悪化し,入院5日後に死亡.剖検にてCAA+.4/4

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3.診療(合併症の出現時の対応) 第2例目の頭部MRI N Engl J Med. 2023 Feb 2;388(5):478-479. 多発脳出血と脳アミロイドアンギオパチ― レカネマブ使用中にtPA療法が行われたのはNEJMに報告されたこの1例のみ レカネマブ使用症例で t-PAによる血栓溶解療法が 行われたのはこの1例のみ アミロイドβ

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ApoE遺伝子検査は米国のガイドラインでは推奨されている • 2つの理由 1. 4/ 4の場合,ARIAが高率に生じる 2. 4/ 4の場合,抗血栓薬を使用した時の合併症のリスクが高い • しかし本邦の適正使用ガイドラインにおいて一切記載がないため,どの ように行うべきか,臨床現場に混乱が生じている.

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効果と副作用 ApoE遺伝子 検査 議論すべき 臨床倫理的 問題

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ApoE遺伝子検査をめぐる臨床倫理的問題 ① 治療開始前に遺伝子検査をすべきではないのか? ② 遺伝子検査の結果を開示すべきか,否か?

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①治療開始前に遺伝子検査をすべきではないのか? • 患者がARIAのリスクを知らない状況で,適切に治療の協働意思決定を行う ことはできない. • 医療者がARIAをきたすリスクを知らない状況で,適切に経過観察や救急 対応(脳梗塞発症時など)を行うことはできない. → 投与開始前の遺伝子検査が不可欠. → 保険収載されて遺伝子検査が可能になれば,むしろ抗体療法の ハードルは下がる可能性がある

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② 遺伝子検査の結果は開示すべきか,否か? • 保険収載されていない現状では研究目的か私費で検査する • そのうえで,結果の開示に関して2つの立場がある. ① 結果は開示しない ② 結果は希望がある場合,開示する → しかし結果の開示に影響しうる2つの大事な点がある.

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(1) 4/ 4の場合,ARIAの確認のためのMRIが頻回になるが, それはホモ接合であることを暗に教えることになる 追加のMRI検査 追加のMRI検査 • 加えて,tPAや抗血栓薬は使用できない説明もする. つまり遺伝子検査の結果を開示しなくても,ホモ接合であることが伝わってしまう!

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(2)4/ 4は危険因子ではなく, 遺伝性疾患であると認識が変わった!! Nat Med. 2024 May 6. (doi.org/10.1038/s41591-024-02931-w) 65.1歳 ホモ接合(4/4)であればこそ,抗体療法を受けたいという気持ちをもつ患者が増加しうる. しかしホモ接合はARIAのリスクが大きいため,アンビバレンツな状態になり,患者も医師も苦悩する.

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さらに結果の開示以降も医師の力量が問われる! ① 結果開示後,抗体薬を断念した患者・家族への適切なカウンセリングや長期的な 支援が求められる. ② 親の診断結果から,その子がε4保因者であり,将来,ADを発症するリスクを推察 できるため,子どもへの配慮が必要となる. ③ 患者や子が受けうる遺伝的差別に対する法的保護とその限界,および経済的差別 (保険適用を拒否や高い保険料等)についてサポートする必要がある. → 現状,これらの問題に対する指針がなく,議論もなされていない.

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まとめ 1. ADに対する抗体療法とその臨床倫理的問題を啓発する必要が ある. 2. ApoE遺伝子検査は協働意思決定と,患者の安全を守るために 不可欠であり,日本でも速やかな保険収載を求める必要がある. 3. ApoE遺伝子検査に伴う問題をいかに解決すべきか,専門医のみ でなく,多くの関係者が関心を持ち議論をする必要がある.