-- Views
May 13, 26
スライド概要
ラジオNIKKEIで2026年5月12日Ⅱ放送されました「脳内リンパ系ネットワーク」の内容を詳しく説明したスライドです.
グリンファティックシステムや,SLYMという第4の髄膜,そして認知症との関連について解説を行いました.
岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授
脳内リンパ系ネットワーク (2026. 5. 12) 岐阜大学脳神経内科 下畑 享良
視聴者からの質問 脳内リンパ系ネットワークについてご教示ください. グリンパテックシステム,SLYMと睡眠,認知力の関係,脳原発の 悪性リンパ腫との関係に興味があります。
そもそも脳内にリンパ系があるか? • 脳は体重のわずか約2%(約1.4kg)の重量だが,身体が消費 する全エネルギー(ブドウ糖)の約20%を消費する. • 脳は活発な代謝を行い,老廃物(例;疾患との関連で言えば 認知症に関わるアミロイドβやタウ)がたくさんできる. • 脳のなかには,老廃物を排泄するのに必要なリンパ管がない と言われてきた.そう教わったはず.
全身の老廃物はリンパ管で 排除される Science. 2019 Feb 22;363(6429):880-884 リンパ管の役割 ① 組織液の回収 毛細血管から漏れ出た水分やタンパク質(間質液)を 回収し,静脈系に戻す.これがないとむくむ(浮腫). ② 免疫機能の中枢 リンパ節では,抗原提示やT細胞・B細胞の活性化が 行われる ③ 老廃物・異物の排除 リンパ流に乗って,老廃物や細菌,ウイルスなどが リンパ節に運ばれ,除去される. →しかし脳にはリンパ管はないと言われてきた. どのように老廃物の排泄を行っているのか?? https://kompas.hosp.keio.ac.jp/disease/000161/
質問 脳内リンパ系ネットワークについてご教示ください. グリンパテックシステム,SLYMと睡眠,認知力の関係,脳原発の 悪性リンパ腫との関係に興味があります。
Glymphatic systemが発見される Sci Transl Med. 2012 Aug 15;4(147):147ra111. 2012年,米国ロチェスター大学 のグループによって報告された. Maiken Nedergaard(女性) 脳内にグリア細胞(とくにアスト ロサイト)の水チャネルを介した 間質液の流れが存在し,これ が老廃物を排出するシステム だと提唱される. IPAD intramural periarterial drainage 経動脈壁内ドレナージ Glymphatic system 「脳にもリンパ系に似た排出シ ステムがある」ことを初めて 実証した.
1. 脳の表面や血管のまわりには,脳脊髄液(CSF)が流れている.このCSFが.動脈 周囲腔から,脳の中へ「しみ込む」ように入り込む.動脈の拍動がポンプの役割を している. 2. CSFはそのまま流れるのではなく,脳の細胞のすき間(間質)に入り込む.そのすき 間を満たしている液体(間質液)が脳脊髄液に押し出され,洗いながす.このとき, 間質にあったアミロイドβやタウなどの老廃物も洗い流される. 3. 老廃物を含んだ液体は,静脈周囲腔へ流れ出て最終的に,脳の外へ排出される 4. このときグリア細胞(とくにアストロサイト)が重要な役目を果たす(AQP4).
アストロサイト足突起にある水チャンネル(アクアポリン4)が組織液を 濾過するように水を主体とした成分を脳実質の中に通していく 動脈 静脈 アストロサイト ニューロン (グリア細胞のひとつ) (神経細胞)
出口である髄膜リンパ管が見つかる Nature. 2015 Jul 16;523(7560):337-41. 髄膜リンパ管 (緑) 2015年に米国バージニア大学のグループに よって,脳と全身免疫をつなぐ出口として, 髄膜リンパ管が見つかった. 髄膜内にリンパ管が存在し,静脈洞に沿って 走行し,頸部リンパ節へ排出することが示さ れた.
髄膜リンパ管は静脈洞に沿って 走行する 上矢状静脈洞に沿う Nature. 2015 Jul 16;523(7560):337-41.
2019年から2024年にかけてマウスで 頸へのリンパ管の複数の経路が見つかる Nature. 2025. https://doi.org/10.1038/s41586-025-09052-5
さらにマウスの顔のマッサージで 脳脊髄液の流れが改善した 低強度刺激により脳脊髄液が 浅頸リンパ管に流れ込む Nature. 2025. https://doi.org/10.1038/s41586-025-09052-5
もしかしたら顔のマッサージは 認知症予防になるかも・・・ ヒトに当てはめるとこんな感じ? 眼窩周囲・鼻腔・硬口蓋リンパ管→頸部浅層リンパ管
質問 脳内リンパ系ネットワークについてご教示ください. グリンパテックシステム,SLYMと睡眠・認知力の関係,脳原発の 悪性リンパ腫との関係に興味があります。
脳の構造(解剖学)自体も近年大きな進歩が見られている 2つの驚くべき発見があった! 1. SLYM 2. ナノスケールリンパ管様構造物
SLYMが発見される Subarachnoid LYmphatic-like Membrane 第4の髄膜としてSLYMが2023年に報告された. マウス及びヒトの脳で,くも膜と軟膜の間に,非常に薄く,厚さに してわずか1〜数個分の細胞で構成される膜として発見された. 報告したのは,glymphatic systemを発見したMaiken Nedergaard 教授のグループ. ① 臓器を包み保護する(脳と頭蓋骨の間の摩擦を軽減する). ② 外部の免疫細胞の脳への侵入を防ぐ免疫バリアとして作用. ③ クモ膜下腔を2つのスペースに分け,老廃物を含む脳脊髄 液と含まない脳脊髄液を分離する. もし③がおかしくなると,アミロイドβやタウが排出されず脳に 蓄積し,アルツハイマー病などを引き起こす可能性がある. Science. 2023 Jan 6;379(6627):84-88.
さらに本年2月ナノスケールリンパ管様構造物が アミロイドβを探索中に偶然,発見される(ただしプレプリント論文) Aβ(緑)はNLVsの管状パターンに 沿って分布する Gu S, Dong H, Chen H, et al. bioRxiv. 2025. DOI:10.64898/2025.12.30.697095
毛細血管の約1/5〜1/10程度の太さしかない 脳実質内に網目状に広がる直径500〜1000 nm程度の非常に小さい管状構造物 (ちなみに脳の毛細血管の直径は約4000〜8000 nm)
ではこれらグリンファティックシステムと睡眠の関係は?
AD動物モデルでの検討 慢性睡眠不足 ↓ アミロイドβ蓄積 ↓ 老人斑の増加
睡眠とアミロイドβの関係を調べた研究(ヒト) Huang et al. Arch Neurol. 2012; 69: 51–58. 脳脊髄液中アミロイドβ42 36時間連続測定したら・・・
アミロイドβ42は昼間上昇し, 睡眠で低下することが分かった Huang et al. Arch Neurol. 2012; 69: 51–58. では眠らないと どうなるのか? 睡眠障害のヒト の認知症リスク は? Huang et al. Arch Neurol. 2012; 69: 51–58.
睡眠不足は認知症の危険因子である 米国認知機能正常な高齢者 11453人を追跡(前向きコホート) 睡眠障害(主観的評価)と アルツハイマー病 オッズ比 4.08 (ApoEの影響を除外して) Burke et al. Int Psychogeriat 2016, 28, 1409-1424
ヒトの脳脊髄液タウも睡眠障害で 増加する Science. 2019 Feb 22;363(6429):880-884 • 朝が一番低値. • アミロイドの上昇(30%)より,高度に上昇(50%以上).
Glymphatic systemは睡眠中に最も活発に働き, 覚醒時には抑制されている ノンレム睡眠(N3)で最大に 活性化し,Aβが効率的に 除去される 【覚醒に関わるノルアドレナリ ンが抑制された状態】 → 深い十分な時間の睡眠 は老廃物を除去し,認知症 予防に繋がる
質問 脳内リンパ系ネットワークについてご教示ください. グリンパテックシステム,SLYMと睡眠,認知力の関係(治療), 脳原発の悪性リンパ腫との関係に興味があります。
14因子の修正で認知症症例の 45%の発症予防ないし遅延できる 若年期 人生のそれぞれの時期に的を絞った 介入をもっと行う必要がある! 高齢期 NHK「きょうの健康」 最新!認知症予防 14のポイント 2024年10月3日 中年期
+α 睡眠障害,食事,感染症,プラスチック • 睡眠障害には不眠症や睡眠時無呼吸症候群などがある. • 睡眠障害は,脳内におけるアミロイドβの蓄積を促進する • 米国における検討で,睡眠障害はアルツハイマー病のリスクを4倍増加させた. • 睡眠導入剤の効果は結論が出ていない(副作用の少ないものを最低限内服). • もっと積極的な治療が可能か?
髄膜リンパ管はミクログリアと協調しながら,神経の興奮と 抑制のバランスを保ち,記憶に大きな影響を与えている Cell. 2025 May 15;188(10):2705-2719.e23. 深頸リンパ節の外科的結紮(マウス) 髄膜リンパ管機能障害→ミクログリア活性化 →IL-6過剰発現→抑制性シナプスの減少 →記憶障害などの行動異常
グリンパ系 → 髄膜リンパ管 → 頸部リンパという“流れ”の 加齢による停滞を手術で治療する中国の試み J Alzheimers Dis Rep. 2025 Oct 3;9:25424823251384244. • 頸部を切開し,蛍光色素でリンパ流を 可視化すると,リンパ節に蛍光が貯留 しその先へ流れない所見が観察される. • 著者らはこれをリンパ流の「閉塞」と解 釈し,流入リンパ管を近傍の静脈へ吻 合してバイパスを作成している. • 吻合後には蛍光が静脈へ流入し,リン パ流が再開することが確認される.
認知機能を示すMMSEは有意に改善し, 精神症状を反映するNPIも有意に改善した J Alzheimers Dis Rep. 2025 Oct 3;9:25424823251384244. • 軽度から中等度のAD患者41例に対して手術 • 3ヶ月後認知機能を示すMMSEは有意に改善し, 精神症状を反映するNPIも有意に改善した. • ADLやCDR-SBは有意差には至らないものの 改善傾向を示した. • 進行性に悪化するADにおいて,改善例がみら れた点は注目に値する. • 血液や脳脊髄液でもAβ42/40比の上昇と p-tau181の低下が認められた.
グリンファティック系を薬剤で再起動することに ヒトの臨床試験で成功 健常高齢者を対象とし,α2受容体作動薬デクス メデト ミジン(DEX)と昇圧薬ミドドリンを組み合わせ た「ACX-02」の効果を評価した. DEX(α2受容体刺激)→脳内ノルアドレナリン抑制→ 睡眠徐波↑→グリンファティック系↑ 【脳幹の青斑核からNAが広く皮質へ投射し,覚醒に 関与し,徐波睡眠で停止】 medRxiv. 2026 Mar 12
グリンファティック経を薬剤で再起動することに ヒトの臨床試験で成功 DEX単独では徐波活動は増加,しかしアミロイドβや タウの排出は増加なし DEXによる血圧低下に対する代償的脳血管拡張が, 血管周囲腔を圧迫するため 一方,ミドドリンを併用したACX-02では血圧が維持 され,血管拡張が抑制された結果, 脳実質抵抗が 約51%低下し,老廃物の流れが大きく改善, Aβ42/Aβ40比およびp-tau217で評価した排出が 約8〜10%有意に増加した. medRxiv. 2026 Mar 12
質問 脳内リンパ系ネットワークについてご教示ください. グリンパテックシステム,SLYMと睡眠,認知力の関係,脳原発の 悪性リンパ腫との関係に興味があります。 → 報告はない.最近の話題は「せん妄」.
Boesen HC, ・・・Nedergaard M. Glymphatic dysfunction: a unifying hypothesis for delirium. Nat Rev Neurol. 2026 Mar 30. PMID: 41912735. アミロイドβやタウ,炎症性サイトカイン
せん妄と治療薬 • プロポフォールやベンゾジアゼピンは深い鎮静をもたらすものの,睡眠と は異なる状態であり,グリンファティック機能を抑制する可能性がある. • 治療薬としてはデクスメデトミジンが注目される.α2アドレナリン受容体作 動薬であり,青斑核の活動を抑制することでノルアドレナリンを低下させ, 自然睡眠に近い鎮静状態をもたらす.その結果,グリンファティック機能 を保つ可能性があり,実際にせん妄発症を減少させることが報告されて いる.
まとめ • 脳内リンパ系ネットワークは脳内における老廃物のクリアランス に重要な役割を果たし,主に睡眠中に機能する. • 認知症やその他の神経疾患,せん妄の予防や治療において 重要な標的になりつつある.