帯状疱疹は認知症発症のリスク因子か?

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October 11, 24

スライド概要

第28回日本神経感染症学会総会・学術大会シンポジウムで使用したスライドです.

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岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授

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各ページのテキスト
1.

水痘・帯状疱疹ウイルス感染と認知症 下畑 享良,森 泰子 岐阜大学大学院医学系研究科 脳神経内科学分野

2.

日本神経感染症学会 COI 開示 筆頭発表者:下畑 享良 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野・教授 本発表に関連し,明示すべきCOI関係にある企業などはありません.

3.

発表の経緯 • 中嶋大会長より「VZV感染は認知症の危険因子か?」について, 演題発表のご依頼をいただいた. • 私が「COVID-19と神経変性疾患」について関心を持っていることを ご存知であったためのご依頼であった. • COVID-19における研究に基づくと①VZV感染により認知症発症は 増加するか?②ワクチンや抗ウイルス薬は発症を抑制するか? が注目点になると想像した.

4.

COVID19の罹患は神経変性疾患の発症リスクを上げる 6ヶ月 Lancet Neurol. 2024;23:562-563. (3つの研究をまとめたもの) 6~12ヶ月後の相対 危険度はADで3程度. 入院と外来でほとんど 変わらない. 12ヶ月 PDも外来患者で相対 危険度が2.5程度.

5.

ウイルス感染は認知症発症のリスク因子になりうる 認知症のリスクになるウイルス ウイルス感染がアルツハイマー病の 発症に関わるメカニズム 神経への直接感染 神経の慢性炎症 免疫系の制御不良 Aβやタウ蛋白の 制御不良 遺伝子発現への影響 Rippee-Brooks MD, et al. Pathogens. 2024 ;13(3):240.

6.

帯状疱疹の現状 ①高齢者では帯状疱疹罹患者は増加する(イタリア) 免疫能にかかわらず 加齢は帯状疱疹罹患のリスクである Gialloreti LE, et al. BMC Infect Dis 2010; 10: 230.

7.

②本邦でも近年,帯状疱疹罹患率は増加している 宮崎スタディ(宮崎県) 罹患率は高齢者で高い 60歳以上 全例 60歳未満 20~40歳代 Shiraki K, et al. J Dermatol Sci 2021; 104(3): 185-92.

8.

本発表の目的: スコーピング・レビューにて以下の臨床疑問を検討する • VZV感染は認知症発症のリスク因子か? • VZVワクチン接種は認知症の発症を抑制するか? • 抗ウイルス療法は認知症の発症を抑制するか? • VZV罹患による認知症発症のメカニズムは?

9.

スコーピング・レビューのプロトコル (“Varicella Zoster Virus Infection”[Mesh]) AND "Dementia"[Mesh] を条件に2024年6月にPubMed検索した. Inclusion criteria;5症例以上による症例集積研究以上のエビデンスのある研究. 病態機序に関わる基礎研究. 2名が独立して抄録による1次スクリーニング,本文による2次スクリーニング 独立した第三者が意見が一致しなかった論文をスクリーニングし, 該当・非該当を判断する. 2名独立して論文内容を精読し,検討結果を照らし合わせる

10.

スコーピング・レビューの結果 PubMed検索結果 57編 1次スクリーニング (抄録) 除外論文:26編 該当論文:31編 2次スクリーニング (本文内容) 非一致論文3編の 第3者による判断 スコーピングレビュー 対象論文:21編 除外論文:10編 ・5症例以下の症例検討:2編 ・総説・レビュー:4編 ・認知症と帯状疱疹との関係への言及無し:3編 ・学会抄録:1編

11.

21編の研究デザインの内訳 • システマティックレビュー/メタ解析:3編 • 前方視コホート研究:1編 • 後方視コホート研究:12編 • 症例対象研究:1編 • 横断研究:1編 • 基礎研究:3編 ワクチン接種や抗ウイルス療法に関して 無作為化比較試験は存在しない.

12.

提示する内容 ① システマティックレビュー・メタ解析3編のまとめ ② システマティックレビュー・メタ解析以外の研究のまとめ ③ VZV罹患による認知症発症についての基礎研究

13.

①システマティックレビュー/メタ解析 その1 VZV罹患と認知症発症には関連がある 対象論文:9件 VZV罹患は認知症発症のリスク因子である HR 1.11(95%CI 1.02-1.21) 抗ウイルス薬により発症リスク低下する HR 0.84(95%CI 0.71-0.99) Gao J, et al. Neurol Sci. 2024;45(1):27-36.

14.

①システマティックレビュー/メタ解析 その2 VZVワクチンの接種歴は認知症発症率を下げる 対象論文:5件(6研究) Shah S, et al. Brain Behav. 2024;14(2):e3415.

15.

①システマティックレビュー/メタ解析 その3 VZV罹患と認知症発症には関連がないとする報告 対象論文:9件 VZV罹患の有無と認知症発症の関係 HR 0.99(95%CI 0.92-1.08) 認知症患者のVZV罹患歴の関係 HR 1.04(95%CI 0.86-1.25) 認知症の定義をアルツハイマー型認知症や 検体バイオマーカー(Aβ)に限定しても 関連性は示されなかった. ただし眼部VZV罹患は認知症発症に関連する HR 6.26(95%CI 1.30-30.19) Elhalag RH, et al. Medicine (Baltimore). 2023;102(43):e34503.

16.

小括1 • CQに関連したシステマティックレビュー・メタ解析を3編を検討した. • うち2つはVZV感染と認知症の関連を肯定する研究で,1つは否定する 研究であった. • 無作為化比較試験はなく,前方視試験も1つのみという検討に限界が あることが分かった.

17.

提示する内容 ① システマティックレビュー・メタ解析3編のまとめ ② システマティックレビュー・メタ解析以外のまとめ ③ VZV罹患による認知症発症についての基礎研究

18.

VZV罹患による認知症発症率増加について 肯定する報告と否定する報告がある 文献 研究デザイン Tsai MC, et al. 2017 後方視コホート研究 対象年齢 40歳以上 実施国 台湾 抗ウイルス薬使用率 不明 結果 HR 2.97 (95% CI 1.90–4.67) Chen VC, et al. 2018 後方視コホート研究 50歳以上 台湾 不明 HR 1.11(95%CI 1.04-1.17) Choi HG, et al. 2021 後方視コホート研究 65歳以上 韓国 全例 HR 0.90(95%CI 0.84-0.97) Bae S, et al. 2021 後方視コホート研究 50歳以上 韓国 HR 1.12(95%CI 1.05-1.19) Shim Y, et al. 2022 後方視コホート研究 50歳以上 韓国 28873/34505 (83.7%) 不明 Shin E, et al. 2024 後方視コホート研究 45歳以上 韓国 全例 HR 1.41(95%CI 1.37-1.46) Lophatananon A, et 症例対象研究 al. 2021 70歳以上 英国 全例 OR 1.088(95%CI 0.978-1.211) Warren-Gash C, et al. 2022 後方視コホート研究 40歳以上 英国 110,997/177,144 (62.7%) HR 0.92(95%CI 0.89-0.95) Schmidt SAJ, et al. 2022 前向きコホート研究 40歳以上 デンマーク ほとんどの全例 1年目以内 HR 0.98 (95% CI 0.92–1.04) 1年後以降 HR 0.93(95%CI 0.90-0.95) Weinmann S, et al. 2024 後方視コホート研究 50歳以上 アメリカ 不明 HR 0.99(95%CI 0.93-1.05) Ukraintseva S, et al. 後方視コホート研究 2024 75歳以上 アメリカ 不明 HR 1.23(95%CI 1.06–1.41) 台湾 韓国 HR 1.09(95%CI 1.07-1.11) 英国 デンマーク アメリカ

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各国のVZVワクチンの推奨が影響している可能性がある ワクチン接種の公費補助がある国ではワクチン接種率がおそらく高い ワクチン接種率 国 ワクチン承認年度 接種の公費補助 中国 2020年 × 3.1% 韓国 2009年 VZV罹患で 認知症増加 約70% 英国 2010年 〇 デンマーク 2014年 アメリカ 2006年 VZV罹患でも 認知症増加 しにくい 日本 2016年 × 〇 〇 各自治体(今後〇) Yang TU, et al. Hum Vaccin Immunother. 2015;11(3):719-26. Andrews N, et al. BMJ Open. 2020 Jul 7;10(7):e037458. 帯状疱疹ワクチンファクトシート 第2版 令和6(2024)年6月20日改訂 国立感染症研究所

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帯状疱疹による認知症発症を抑制する要因がある 背景因子 帯状疱疹 罹患後の治療 ワクチン接種 罹患の有無 感染部位 抗ウイルス薬 使用率 認知症の発症 病院への通院による危険因子 (HT,DM,LDL-C等)の改善

21.

眼部・中枢神経,複雑性感染は認知症発症リスクを高める 脳神経と中枢神経感染は罹患1年以内の 認知症リスクが高い 眼部,中枢神経,複雑感染者は 単純感染者よりも認知症リスクが高い Schmidt SAJ, et al. Neurology. 2022;99(7):e660-e668. 眼部VZVの認知症リスク Tsai MC, et al. 2017 韓国 HR 2.97 (95% CI: 1.90–4.67) Weinmann S, et al.2024 アメリカ HR 0.99 (95%CI 0.93-1.05) Shin E, et al. Alzheimers Res Ther. 2024;16(1):57.

22.

VZVワクチン接種は認知症発症率を低下する 文献 Scherrer JF, et al. 2021 研究デザイン 後方視コホート研究 (VHA, MarketScan) 対象年齢 65歳以上 参加人数 (ワクチン接種者/非接種者) VHA:27,419/108,597 MarketScan:24,612/148,178 ワクチン種類 結果 Proquad, Varivax, ワクチン接種歴は認知症発症率を有意に下げる Zostavax, Shingrix VHA:HR 0.69 (95% CI 0.67-0.72) MarketScan:HR 0.65(95% CI 0.57-0.74) Lophatanano 症例対象研究 n A, et al. 2021 70歳以上 接種者の人数は明記無し 全体228,223 Zostavax 非認知症患者でワクチン接種者は有意に多い OR:0.808 (95% CI 0.657-0.993) Lehrer S, et al. 2021 記載無 99/176 Zostavax (主), Shingrix ワクチン接種歴がある患者では認知機能障害患者は 有意に少なかった。(p=0.03) Harris K, et al. 後方視コホート研究 2023 65歳以上 212,417/1,439,574 Zostavax, Shingrix ワクチンの接種歴は認知症発症リスクを有意に下げる HR 0.7520 (95% CI 0.7378–0.7666) Lophatanano 後方視コホート研究 n A, et al. 2023 70歳以上 854,745/8.8 万人 Varicella, Varilrix, ワクチンの接種は認知症発症率を有意に下げる Varivax, Singles, HR 0.78(95% CI 0.77-0.79) Zostavax Shingrix使用者は無 し Ukraintseva 後方視コホート研究 S, et al. 2024 75歳以上 接種人数の明記無し 認知症, 死亡診断患者17,720 Zostavaxのみ 横断研究 65歳-75歳の間のワクチン接種歴と認知症の発症率 は負の相関がある HR 0.79(95% CI 0.68–0.93)

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抗ウイルス療法で発症率は低下とする報告が多い 文献 研究デザイン Chen VC, et al. 後方視コホート研究 2018 Bae S, et al. 2020 後方視コホート研究 抗ウイルス薬使用者数 対象年齢 /感染者 国 50歳以上 2,131/39,205 台湾 50歳以上 28,873/34,505 韓国 結果 抗ウイルス療法の処方は認知症発症率 の低下と関連していた. HR 0.55 (95%CI 0.40-0.77) 抗ウイルス薬の処方は認知症発症率の 低下と関連していた HR 0.79(95%CI 0.69-0.90) Warren-Gash 後方視コホート研究 C, et al. 2022 (2次解析) 40歳以上 110,997/177,144 英国 認知症リスクは抗ウイルス薬の処方の 有無で変化しなかった p=0.774 Weinmann S, 後方視コホート研究 et al. 2024 50歳以上 21,493/25,332 抗ウイルス療法は認知症のリスクを下げる HR 0.79(95%CI 0.70-0.90) 米国 各国のワクチン接種状況も考慮する必要がある

24.

小括2 • ワクチンや抗ウイルス薬は認知症リスクを下げる. • VZV罹患による認知症発症のリスクは一貫していない. ワクチン接種や抗ウイルス薬が影響する可能性がある. • 眼部,中枢神経感染は認知症リスクを高める. • 日本人を対象とした研究はない. • 前向きコホート研究や無作為化比較試験が必要である.

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提示する内容 ① システマティックレビュー・メタ解析3編のまとめ ② システマティックレビュー・メタ解析以外のまとめ ③ VZV罹患による認知症発症についての基礎研究

26.

HSV/VZV感染者の脳脊髄液ではアルツハイマー病様の Aβ, p-tauが変化が起き,神経障害マーカーが上昇する Aβ40 p=0.0139 sTREM2 p-tau p=0.0007 ↑ ↓ ↓ p=0.0030 ミクログリア活性化 ↑ GFAP Aβ42 ↓ p=0.0262 Aβ42/40 p=0.0380 p=0.01836 ↑ Shinomoto M, et al. Transl Neurodegener. 2021 Jan 4;10(1):2.

27.

VZVの罹患によるHSV-1再活性化が 認知症発症の原因となる(in vitro) • ヒト誘導神経幹細胞(hiNSC)にVZV単独で感染させた場合,炎症性サイトカインは 上昇するが, Aβ,p-tauの蓄積はなし. • しかしHSV-1感染後にバラシクロビルでウイルスを静止化させた細胞に, VZVを感染させると HSV-1が再活性化し,Aβ,p-tauの蓄積が確認された. Cairns DM et al. J Alzheimers Dis. 2022;88:1189-1200.

28.

水痘にかかりやすい遺伝的要因を持つ人は 認知症のリスクが高まる 水痘感染者に関連する特定の7つの 一塩基多型(SNPs)が認知症リスクを 上昇させることを示した全ゲノム解析 研究が報告された. Zhou S, et al. J Med Virol. 2023 ;95:e28420.

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小括3 • VZV感染がミクログリアを活性化し,アルツハイマー病の異常蛋白の変化を来す 可能性がある. • VZV感染がHSV-1再活性化を介して認知機能障害を来す可能性がある. • 水痘にかかりやすい遺伝的要因を持つ人は認知症のリスクが高まる可能性がある.

30.

結論:今後の前方視的研究が必要だが,VZV感染は 認知症の修正可能な危険因子になる可能性が十分ある Early life 教育不足 聴覚障害 Midlife Lancet委員会による 14 の修正可能な危険因子 Late life 高LDL-C血症 うつ病 外傷性脳損傷 運動不足 糖尿病 喫煙 高血圧 肥満 過度の飲酒 感染症 社会的孤立 大気汚染 視力低下 水痘・帯状疱疹感染症 Livingston G, et al. Lancet. 2024:S0140-6736(24)01296-0.