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January 08, 26
スライド概要
ゲノム医療におけるバイオインフォマティクスについて、歯科医師の視点から個人的体験をベースに概説します。
長崎大学人類遺伝学
口腔生理にかかわる ヒトの分子遺伝学 長崎大学 原爆後障害医療研究所 人類遺伝学 三嶋 博之 1 2026年1月9日 長崎大学歯学部口腔生理学講義
本日のテーマ • 歯科医師が知るべき ゲノム医学 • 歯科医師こそが知るべき ヒトの遺伝学 〜個人的な現場経験をふまえて 2
期間 所属 仕事 1997年4月 北大口腔外科第二教室 口腔外科臨床 口唇口蓋裂との 出会い 1998年4月 口腔病理学教室 口腔がんの 分子生物学 2001年4月 2002年4月 岩見沢労災病院 北大病院 臨床の楽しさ 2003年5月 University of Iowa 人類遺伝学との 出会い 2008年3月 長崎大学 人類遺伝学 バイオインフォマティクス ゲノム医療との出会い 3
口唇口蓋裂 public domain (cc0) images at Wikipedia “Cleft Lip and Palate” 先天的な形態異常のひとつ 適切な時期に適切な治療が必要 新生児500-750人に一人。 もっともありふれた体表の先天形態異常 アジア人で頻度が高い一方、非症候群性孤発例が多い
ヒトのゲノム 全遺伝情報 化学物質DNA 30億塩基
ポストヒトゲノムプロジェクト 2001年 30億ドル / 15年 (4700億円) 2015年 20万円 / 3日 2025年 3万円 / 3日 1990-2005 c.f. 女神大橋: 総工費850億円・自転車通行料10円
2015年1月20日 精密医療・的確医療 www.whitehouse.gov/precision-dedicine
未診断・希少疾患のゲノム医療 患者・家族の ゲノムを解析 ↓ 正確な診断 Togo picture gallery by DBCLS is licensed under a Creative Commons Attribution 2.1 Japan license (c) 治療法を 選択と 開発
がんのゲノム医療 病巣・病期 ごとに 違いがある ゲノムを解析 Togo picture gallery by DBCLS is licensed under a Creative Commons Attribution 2.1 Japan license (c) より有効な 治療法を 選択
細菌叢メタゲノムによるゲノム医療 口腔細菌叢 腸内細菌叢の ゲノム解析 ↓ 体調と病期の 客観的な把握 Togo picture gallery by DBCLS is licensed under a Creative Commons Attribution 2.1 Japan license (c)
• 精密なウイルス検出による ゲノム医療 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000864207.pdf • 多数遺伝子による健康リスク評価 に基づくゲノム医療 Wand et al. https://www.medrxiv.org/content/ 10.1101/2020.04.23.20077099v2
無侵襲性出生前診断(NIPT) 母体末梢血中のごく微量の 胎児由来ゲノムDNA検出が 妊娠早期に可能に 考察例: 海外でのダウン症発生率の減少 できること ≠ してよいこと
本当は恐ろしいゲノム医学 プライバシー侵害 教育差別 保険差別 就職差別 結婚差別
ヒトの遺伝学 ヒトの 遺伝と多様性 の科学
Gene Hunting 遺伝性の難病 および希少疾患の 原因遺伝子を 突き止める
難病・希少疾患はまれな疾患ではない • 罹患率0.08%以下をrare diseaseとした場合…… • 現在8,000 – 10,000の既知希少疾患がある • 世界人口の3.5–5.9% が罹患していると想定* • 世界で2.63–4.46億人 • 日本で4.3-7.3百万人 • 日本国内の指定難病 150万人 • 日本国内「未診断」患者は37,000人以上** • その原因80%が ”genetic” である *) Wakap er al, Euro J Hum Genet, 2020 **) Adachi et al., Orphanet J Rare Dis, 2018 16
単一遺伝子病 遺伝要因 多因子疾患 認知症・心疾患 がん・高血圧 動脈硬化 糖尿病 環境要因 0% 100% 感染症 中毒・外傷
変異の効果 (Odds比) 1000 Pharmacogenetics メンデル遺伝病 極めてまれな変異 ややまれ稀な遺伝病 まれな変異 100 ややありふれた病気 ややありふれた変異 10 missing heritability ありふれた病気 ありふれた変異 rare variant, less common variant 1.1 0.0001 0.001 0.01 0.10 変異(SNP)の頻度 変異頻度とOdds非で分類したメンデル遺伝病と多遺伝子疾患 (Manolio et al., Nature (2009) 461: 747-753 より改変)
患者さんと その家族 社会 human genetics アカデミア 医学・生物学・ 計算機科学 臨床医 医療従事者
ゲノム医療に関係する主な専門職・専門資格 • 臨床遺伝専門医/1637名 • 日本人類遺伝学会・および 日本遺伝カウンセリング学会 • 臨床遺伝専門歯科医師6名 • 認定遺伝カウンセラー® /356名 • 日本人類遺伝学会・および 日本遺伝カウンセリング学会 • ジェネティックエキスパート/72名 • 日本遺伝子診療学会 20
バイオインフォマティクス bioinformatics • • • • • • • • 情報科学 プログラミング 統計学 遺伝医学 生物学/分子生物学 法律 生命倫理 語学
バイオインフォマティクス? bioinformatician • • • • • • • • 情報科学 ? プログラミング? 統計学 ? 遺伝医学 ? 生物学/分子生物学 ? 法律 ? 生命倫理 ? 語学 ?
bioinformatics human genetics translational bioinformatics
Gene Hunting 遺伝性の難病 および希少疾患の 原因遺伝子を 突き止める 実例の紹介……
中條・西村症候群(指定難病268) • 子供の頃から発熱や赤い 発疹などを繰り返す 「自己炎症疾患」の1つ • 徐々に顔や腕の脂肪が 減ってやせていく 「脂肪萎縮症」でもある。 • 昭和14年に中條、 昭和25年に西村が報告。 25
NspI consanguineous marriage (CM) samples Whole LOH regions
6p21.33-32 8p11.1 1.1M 800K 9q33.3 1.2M METHODS 1) Marge results from the NspI chip and the StyI chip 2) Detect LOH using the reference of HapMap-JPT NspI+StyI 3) Filter LOH regions (<1Mbp) 4) Extract all overlapped regions (Ruby script) 5) Compare with non CM sample’s LOH (not filtered)
Gly201Val 免疫プロテアソーム ユビキチン=プロテアソーム系 2004 ノーベル化学賞 28
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Stem Cell Reports, 2018 30
次世代シークエンシング技術 massively parallel sequencing a.k.a. next generation sequencing (NGS) 31
DNA 断片化 アダプタ 付加 末端配列 決定 以上を超並列に行う
MiSeqシークエンサー
プロメチオン長鎖シークエンサー
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全エクソーム解析(WES) • ゲノムのエクソン領域全体の 網羅的シークエンシング • いわゆる 次世代シークエンシンサー の登場によって可能になった • 先天性形態異常症候群の 診断に不可欠
952TBストレージ+HPCクラスター (64x12 core)+ GPUサーバー(NVIDIA V100 x 4) + GPUサーバー(NVIDIA A100 x 1)
単一遺伝子病の 次世代シークエンサーによる 網羅的解析の診断成功率 40~50%* 高く見積もっても * Frésard et al., Nat Med 25, 2019 39
単一遺伝子病の診断 診断症例 遺伝型 表現型 • 遺伝型 genotype • 表現型 phenotype 40
単一遺伝子病の診断 既知の 症候群 A 診断症例 遺伝型 表現型 遺伝型 表現型 既知の 症候群 C 遺伝型 表現型 既知の 症候群 B 遺伝型 表現型 既知の 症候群 D 既知の 症候群 E 遺伝型 遺伝型 表現型 表現型 41
単一遺伝子病の診断 既知の 症候群 A 診断症例 遺伝型 表現型 遺伝型 表現型 既知の 症候群 C 診断 成功 表現型 遺伝型 既知の 症候群 B 遺伝型 表現型 既知の 症候群 D 既知の 症候群 E 遺伝型 遺伝型 表現型 表現型 42
未診断の単一遺伝子病 診断症例 遺伝型 表現型 既知の 症候群 A ? 遺伝型 表現型 既知の 症候群 C 未診断 症例 遺伝型 表現型 遺伝型 ? 既知の 症候群 D 表現型 既知の 症候群 B 遺伝型 表現型 既知の 症候群 E 遺伝型 表現型 43
なぜ 診断に至らないのか ― 3つの可能性 44
1 未知の疾患 2 遺伝型の見逃し 3 表現型の見逃し 45
1 未知の疾患 診断症例 遺伝型 表現型 既知の 症候群 A ? 遺伝型 表現型 既知の 症候群 C 未診断 症例 遺伝型 表現型 遺伝型 ? 既知の 症候群 D 表現型 既知の 症候群 B 遺伝型 表現型 既知の 症候群 E 遺伝型 表現型 46
1 未知の疾患 診断症例 遺伝型 表現型 既知の 症候群 A • 未知の新規疾患である 既知の 症候群 B ?• 症例数Nを増やす 遺伝型 • N-of-1 問題 遺伝型 表現型 表現型 ことが困難なため 未診断 論文報告ができない。 遺伝型 既知の 症候群 C 症例 既知の 症候群 D 既知の 症候群 E 遺伝型 遺伝型 表現型 • 単一遺伝子病ではない 表現型 表現型 ? • missing inheritability 47
ゲノム診断前 • 両親に特記すべき表現型はなし • 罹患者には口蓋裂単独 • 重度の発語障害を含む学習障害が 認められた。 • 歯牙腫の多発が認められる • 表現型からは該当する既知の 遺伝症候群は見つけられなかった
ゲノム診断後 • 遺伝子変異から既知症候群と診断 • 既知症候群の主要症状は一致 • 口蓋裂 • 重度の発語障害を含む学習障害 • 歯の障害(形態異常・叢生) • 歯牙腫についての報告はない • 歯科医師の目で見なくては わからない表現型
知識の共有 50
ヒト表現型オントロジー (HPO) ヒトのさまざまな表現型 をあらわす、構造化された 計算機可読な用語集
2 遺伝型の見逃し 遺伝型 表現型 ? • 遺伝型を 検出できて いない 未診断 症例 ? 52
• 長鎖シークエンサー • ヒト全長参照ゲノム T2T-CHM13v2.0 • バリエーション機能予測 • バリエーション頻度情報 • 東北メディカルメガバンク ToMMo60KJPN • gnomAD 53
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SimpsonGolabiBehmel syndrome 55/96
3 表現型の見逃し 診断症例 遺伝型 表現型 ? • 表現型を ? 記述できて いない • 表現型を 活用できて いない 56
ヒト表現型オントロジー (HPO) https://pubcasefinder.dbcls.jp/ ヒト表現型オントロジーHPOから診断へ Fujiwara et al., Am J Hum Genet, 2018 57/96
ヒト表現型オントロジー (HPO) • 全ての表現型を記述することはできない • 特に診断の大きな手がかりとなる表現型 である顔貌の特徴の記述には、 経験ある臨床遺伝専門医の目が必要 • 習得とアップデートに多大な努力 • 経験の継承が大きな問題に 58
• 米国FDNA社による、先天性形態異常症 候群のための顔貌画像解析システム • 重層畳み込みニューラルネットワーク (DCNN)を基本としたシステム • 医療従事者に対する情報提供を目的 • ウェブアプリケーションとして 無償で提供 • 学習済症候群から診断候補となる 上位30症候群を提示 59
https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Kabuki_syndrome Cuscó et al., BMC Med Genet.,2008.
Journal of Human Genetics, 2019
Syndromes already trained by Face2Gene Composite Facial Images
Concordance of Diagnosis and Face2Gene Results in Group1 sensitivity Top 1 Top 3 Top 10 all cases with face recognition 42.9% 52.9% 60.0% (30/70) (37/70) (42/70) cases with trained syndromes 61.2% 75.5% 85.7% (30/49) (37/49) (42/49)
Face2Geneの性能 • 本邦症例においても高い性能をもつ • 単一遺伝子病の顔貌表現型への影響は、 地理的集団のバックグラウンドより はるかに強いことを示唆 • 学習データの収集がより困難な 超希少疾患の診断をどうするか • クラウド環境への顔貌送信
GestaltMatcher (GM)による privacy-aware next-generation phenotyping • GMは「特徴抽出器」と「ギャラリー」の2段構え • 特徴抽出器モデルの学習には 36万人1700万顔貌画像と、 7症例以上準備できた症候群顔貌を使用 • ギャラリーには320次元の抽出された特徴値が登録 • 特徴抽出器の構造は公開 • 特徴抽出器のパラメーターは非個人情報 • ギャラリー収載の特徴値は非個人情報 日本人の症例を個人情報を保護しながら学習・国際共有させよう
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“ 歯科医師は、なぜ先天性の異常が生 じるかよりも、どう治すかに焦点を あわせがちである。それは歯科医療 の本質でもあるし、トレーニングに よってそうなっているとも言える。 70
“ 遺伝学的知識は 治療方針に影響しうる。 歯科医は専門領域の枠を 越え、遺伝専門医のように 学び、考えるべきである。 71
歯科医師は サヴィ 「サイバー事情通」 でなければならない。 生成AI時代においては、 優れた問いを発し、 その答えを批判的に評価できる者だけが その果実を得ることができる 72
参考書籍 73
優生学と人間社会 (講談社現代新書) 米本 昌平 (著), 橳島次郎 (著), 松原 洋子 (著), 市野川 容孝 (著) 新書: 288ページ 出版社: 講談社 (2000/7/19) 言語: 日本語 ISBN-13: 978-4061495111 発売日: 2000/7/19 74
ゲノム・オデッセイ 診断のつかない患者を救う、 ある医師によるゲノム医療の 記録 •Euan Angus Ashley/著 佐藤由樹子/翻訳 •2022年11月15日発行 •A5判 •444ページ •ISBN 978-4-7581-2125-5 •発売日2022/11/15 •¥3,960 75
https://doi.org/10.11234/jsbibr.2023.primer3 76