CD202625-「言葉を受け取る」ことの意味(スライド)

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July 16, 26

スライド概要

カウンセリングにおいて、「相手の言葉を受け取る」ことを、共感的理解に先立つ独立した行為として位置づける。理解の有無にかかわらず、相手が用いた語彙をそのまま保持し、言い換えず、「あなたは」と二人称化せず一人称の引用として返すことが、専門家の権力の行使を避ける鍵となる。要約は語彙の内側にとどまる限り許容されるが、意味の付与は排除される。ただし聴き手の感情や理解は、内容としては排除されても、「何を拾い上げたか」という選択の痕跡として残り、聴き手固有の存在を相手に伝える。これはPCAの理解志向とは異なる位置を占め、認証(Acknowledgment)という概念の具体的な実践形態である。

目次
「言葉を受け取る」ことの意味

はじめに——受け取ることと理解することを分ける
なぜ相手の言葉をそのまま扱う必要があるのか
要約という契機——内容は相手の語彙の内側にとどまる
内容から排除されるのは感情や理解であって、聴き手の存在そのものではない
カール・ロジャーズの理論との関係
認証(Acknowledgment)という軸からの位置づけ
まとめ

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ナラティヴ実践協働研究センター(NPACC)は、心理カウンセリング手法の一つである「ナラティヴ・セラピー」の日本における専門拠点です。カウンセリングの提供や、初学者から専門家向けのワークショップ・トレーニングコースの運営、研究活動を行っています。

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各ページのテキスト
1.

「言葉を受け取る」ことの意味 1

2.

はじめに 受け取ることと理解することを分ける 2

3.

「受け取る」を独立した行為として 対人支援の基本は「傾聴」と「共感」とされる しかし本稿では、「相手の言葉を受け取る」ことを 共感的理解に先立つ、独立した行為として位置づける 3

4.

「先立つ」とは時間の順序ではない 理解が成立したかどうかにかかわらず成立する という、独立性を意味する 聴き手は、相手の語りのすべてを 理解できているわけではない 4

5.

理解していなくても受け取れる 理解していなくても、相手の言葉は 「聴ける」し「受け取れる」 受け取ったという事実そのものを、 相手に伝えることができる 5

6.

「理解を待つ」ことの落とし穴 理解を待たなければ何も返せない、 という態度は一見誠実に見える 実は「自分が理解できる範囲でしか、 あなたに応答しない」という条件つきの構え 「受け取る」は、この条件を外すところから始まる 6

7.

なぜ相手の言葉を そのまま扱う必要があるのか 7

8.

「受け取る」がもっとも重視すること 相手が実際に用いた言葉を、 聴き手の言葉に置き換えない 8

9.

「寂しい」が「孤独」に変わるとき 相手は「寂しい」と語ったのに 聴き手の記憶のなかではいつのまにか 「孤独」という言葉に置き換わる 「孤独なのですね」と返してしまう これは単なる言い換えのミスではない 9

10.

何が起きているのか 聴き手の側が持っている概念の枠組み (専門用語や、聴き手自身の記憶のフィルター)が、 話し手固有の言葉を上書きしてしまう現象 10

11.

上書きは気づかれないまま定着する 「寂しい」と「孤独」はよく似た言葉に見える しかし選んだ本人にとっては、微妙に、 しかし確かに異なるニュアンスを担っている そのニュアンスの違いを聴き手が消すことは、 話し手の経験そのものを聴き手の枠組みへ 静かに回収してしまうことに等しい 11

12.

規則:足さない、変えない 相手が使った言葉を、そのまま保持したまま扱う これは技法上の細かな注意点ではなく、 受け取るという行為そのものの中核にかかわる規則 12

13.

もう一段深い規則——文の構造 この規則は、語彙のレベルにとどまらない 相手を「あなたは」という二人称で 名指しして返さないということ 13

14.

二つの返し方を比べる 相手:「私は男が嫌い」 返し方 例 二人称化 あなたは男はみんな嫌いなのですね 一人称の引用 「私は男が嫌い」とお聞きしました 14

15.

主語が入れ替わる 「あなたは……なのですね」という構文では、 文の主語が話し手の「私」から、 聴き手が構成する「あなたは」へと移る 意味内容は同じに見えても、 その内容の主張者が入れ替わってしまう 15

16.

話し手が記述の対象になる 「私は男が嫌い」と語ったとき、 語りの主体は話し手自身である 「あなたは……なのですね」と返された瞬間、 話し手は聴き手の発話のなかで 「あなたは」として名指しされる、 記述の対象になる 16

17.

これもまた権力の行使である 語彙を変えることとは別の水準の権力 たとえ語彙をまったく変えていなくても、 「あなたは」という構文を用いた時点で、 聴き手は話し手を定義しうる者という位置に 文法的にすでに立ってしまっている 17

18.

「と」引用が一人称を保存する 「『私は男が嫌い』とお聞きしました」 日本語の「と」引用は、 話し手の一人称をそのまま埋め込める 話し手を文の主語の位置から動かさずに、 聴き手は「聞いた」という受け手の位置に とどまり続けられる 18

19.

聴き手は主張者ではなく報告者 話し手が語りの主体であるという構造が、 聴き手の応答のなかでも保たれる 聴き手は、話し手について何かを主張する者にはならず、 発言が自分に届いたということだけを報告する 19

20.

「聞こえてきました」のニュアンス 「聞きました」=聴き手が能動的に聞き取った行為 「聞こえてきました」=言葉が自然に 自分のもとに到達したという、 やや自発的・受動的なニュアンス 聴き手は「私はこう解釈しました」という 能動的な主張者の位置から、さらに一段遠ざかる 20

21.

忠実さの二つの水準 1. 語彙のレベル——言い換えないという、 意味内容の忠実さ 2. 文法構造のレベル——「あなたは」に 変換せず、一人称の引用として保存する忠実さ 権力の論点を、語彙の選択から 文の構造そのものへと一段掘り下げる 21

22.

要約という契機 内容は相手の語彙の内側にとどまる 22

23.

なぜ要約という形を取るのか 「受け取る」は、語りをすべて そのまま再現する行為ではない まとまった量を語られたとき、 全体を一言一句再生することは現実的でない 相手が実際に用いた表現をいくつか選び出し、 組み合わせて返す——これが要約である 23

24.

要約に用いてよい材料の範囲 材料は、あくまで相手が実際に発した語彙に限定される 聴き手が話を聴きながら自分の内側に生じた 感情的な反応や見立てを、要約の内容に 持ち込んではならない 24

25.

「解釈がない」わけではない 何を残し、何を省き、どう並べるか という選択は、紛れもなく聴き手の判断 「解釈がまったく存在しない」という説明は正確でない 正確に言うべきは、その解釈がどの層で 働いているかということ 25

26.

解釈が働く二つの層 要約 言い換え 働く層 選択・配列の層 意味の付与・命名の層 語彙 相手の語彙の内側 相手の語彙の外側 扱い 許容される 避けられる 26

27.

リスクの性質も異なる① 要約の失敗=欠落 「そうだけど、こういうことも言った」 と付け加えればよい——低コストな訂正 27

28.

リスクの性質も異なる② 意味付与の失敗=上書き 相手はその誤りに気づきにくく、 知らないうちに誤ったラベルを 自分自身の理解として引き受けてしまう 28

29.

気づかれにくさは権力の問題 この気づかれにくさは、単なる認知的な 見落としの問題ではない そこには、専門家と相手のあいだの 権力関係が働いている 29

30.

専門家の言葉が持つ権威 カウンセラーや支援者の言葉は、 専門的知識に裏づけられたものとして 受け取られやすい 相手はそれを対等な言い換えとしてではなく、 「専門家がそう見立てた」という、 より確からしい理解として受け止めてしまう 30

31.

訂正されずに定着する理由 誤ったラベルが訂正されないまま定着するのは、 相手が気づけないからというよりも、 専門家の言葉の権威によって、 相手自身の語りより専門家の見立てが 優先される構造がその場に働いてしまうから 31

32.

「語彙の外に出ない」ことの理由 相手の言葉を専門家の語彙に置き換える行為は、 意図の有無にかかわらず、 専門家の権力を行使する行為になっている 「受け取る」が語彙の外に出ないことに こだわるのは、この権力の行使を あらかじめ手放しておくため 32

33.

内容から排除されるのは 感情や理解であって、 聴き手の存在そのものではない 33

34.

よくある誤解 「受け取る」は、聴き手の内面を できる限り消去し、無色透明な 記録装置になろうとする行為—— これは正確な理解ではない 34

35.

排除されるのは「内容」 「感情的な感覚や理解をできるだけ排除する」 というとき、排除されているのは あくまで要約の内容 聴き手の感情や理解が、命題として、 主張として、相手に差し出されることはない 35

36.

排除されないのは「選択」 要約を組み立てる際に 「何を大切だと思って拾い上げたか」 という選択そのものは、排除しようがない それは聴き手固有の判断であり、消すことができない 36

37.

内容として提示することの問題 「私はこう理解した」「私はこう感じた」 ということを内容として提示すれば、 それは相手の経験についての一つの 主張・解釈になり、正誤を問われる対象になる 37

38.

選択の痕跡が伝えるもの 「これを大切だと思って拾った」という選択の痕跡は、 相手についての主張ではない 聴き手自身の在り方の表明である **「あなたの語りに、私という一人の人間が 確かに触れた」**という、関係の事実そのもの 38

39.

「受け取る」の核心にある両立 内容としては語られないが、 選択という行為のなかに、 消しがたい痕跡として残り続ける 相手は、目の前にいるのが透明な記録装置ではなく、 固有の感受性を持った一人の人間だと感じ取れる 相手についての主張を差し控えながら、 聴き手自身の存在は差し控えない 39

40.

カール・ロジャーズの 理論との関係 40

41.

「反射」に近く見えるという印象 「受け取る」は、一見すると、 ロジャーズが非指示的療法の時代に用いていた 「反射」という技法に近いものだと 思われるかもしれない 41

42.

1942年の非指示的療法の例 『カウンセリングと心理療法』で紹介された技法: 「私は男が嫌い」→「あなたは男はみんな嫌いなのですね」 感情をそのまま映し返す応答として広く知られている 42

43.

ロジャーズ自身は「反射」と言っていない ロジャーズはこの「反射」という言葉を、 著作のなかで一度も用いていない 実際に用いていたのは、受容・認識・ 感情への応答と明確化といった言葉 技法よりも、治療者の姿勢のほうが 一次的なものとして位置づけられていた 43

44.

最初期からすでに「理解」志向 表面的に相手の言葉をそのまま 映し返しているように見える 最初期の実践においても、 ロジャーズ自身の意図は、 すでに「理解」や「明確化」に向いていた 44

45.

1957年——理解の理論化 セラピーの必要十分条件に関する論文 共感的理解として正式に理論化される 内的照合枠を、あたかも自分自身のもの であるかのように理解し、伝える 明確に解釈的な営みが理論の中核に 45

46.

技法として制度化される「反射」 「感情の反射」が訓練プログラムのなかで 技法として教えられるようになると、 ロジャーズ自身がその変質を 強く批判するようになる 46

47.

ロジャーズ自身による批判 学習者が「正しい」反射を型どおりに 組み立てるよう訓練されている現状を嘆く 型どおりの物真似に陥り、理解しようとし、 それを確かめようとする内的な姿勢から すでに切り離されてしまっている 47

48.

1986年、最後の論考 自分がクライアントに応答する目的は 感情を繰り返すことではなく、 クライアントの主観的経験についての 自分の理解が正しいかどうかを確かめること にあると、あらためて明言している 48

49.

見えてくる構図 ロジャーズ自身の理論的核心は、 最初期から一貫して解釈的な営みに向いていた 「反射」は、その解釈的な意図が技法として 制度化される過程で空洞化した、 いわば理論の抜け殻だった 49

50.

皮肉な逆転 もっとも「受け取る」に似て見える 機械的な技法こそが、 生きた注意を欠いた、 もっとも空虚な瞬間だった 50

51.

「受け取る」はPCAの歴史への回帰ではない 「受け取る」は、PCAの歴史のなかに かつて存在していた段階への回帰ではない それは、PCAの歴史がついに 占めることのなかった位置を占めている 51

52.

独自の位置 相手の言葉をそのまま扱うという点では 機械的な反射と重なりながら、 しかしそれを空洞化した技法としてではなく、 評価を含まない現前の質として行う 52

53.

認証(Acknowledgment) という軸からの位置づけ 53

54.

認証とは何か 承認(Validation)=「それでいい」という是認 賞賛(Praise)=「それは良い」という評価 認証=その人がそのような人である ということそのものを認める行為 54

55.

認証に肉体を与える実践 「言葉を受け取る」は、 認証を抽象的な理念としてではなく、 具体的な行為として成立させる実践である 「受け取る」は五つの点において 認証の実践形態と言える 55

56.

①評価を介さず存在を認める 「合っていますか」ではなく 「そう言われましたね」 正誤という評価の枠組みを持ち込まない ただその発話があった事実だけを確認する 56

57.

②相手の語彙の外に出ない 要約は、相手の語彙の内側にとどまる限り許容される 言い換えや意味の付与は、認証の対象を、 目の前のこの人から聴き手のカテゴリーへ すり替えてしまう危険を伴う 57

58.

③理解の有無に条件づけられない 理解を待ってからでなければ受け取れない、 という態度は、実は認証としては弱い 「私が理解できる範囲でだけ、あなたを認める」 という条件つきの構えになってしまう 58

59.

④他者を必要とする構造を実現する 自己を受容できるようになる前に、 他者から受容される経験が必要 認証は他者なしには成立し得ない 「言葉を受け取る」は、この構造を 対話の場において実際に起こす具体的な手段 59

60.

⑤受け取る側の存在そのものが伝わる 受け取る側の存在そのものが、内容についての 主張を経由せずに相手に伝わる 認証は、匿名の手続きとしてではなく、 固有の一人の他者による認証として成立する この人が、この瞬間に、確かに受け取ったという、 代替不可能な出来事 60

61.

まとめ① 「言葉を受け取る」は、 共感的理解に先立ち、 理解の成否から独立して成立する行為である 内容の面では、相手が実際に用いた 語彙の範囲にとどまり、 聴き手自身の感情や解釈を、 命題として相手に押しつけない 61

62.

まとめ② しかし、それは聴き手の存在を 消去することを意味しない 何を大切だと思って拾い上げたかという選択には、 聴き手固有の痕跡が消しがたく残り、 相手は、自分の語りに確かに 一人の人間が触れたということを感じ取れる 62

63.

まとめ③ 認証という概念に、理念としてではなく、 具体的な行為としての輪郭を与える五つの点 評価を介さないこと 相手の語彙の外に出ないこと 理解を条件にしないこと 他者を必要とする構造を実際に起こすこと 受け取る側の存在そのものを、内容についての 主張を経由せずに伝えること 63