AIを秘書として付き合う:研究者・実践者のためのAI活用ガイド

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October 30, 26

スライド概要

AIを「何でも知っている専門家」としてではなく、「個人秘書」として位置づけると、AIとの付き合い方がずっと見通しやすくなります。私たちは秘書に、正解や判断を求めません。けれども、調べてもらう、資料を整えてもらう、下書きを用意してもらうことは遠慮なく頼みます。そして、確かめて決めるのは自分です。

このスライドは、研究者・実践者に向けて、この「秘書としてのAI」という視点をまとめたガイドです。前半では、AIという秘書に頼める仕事を9つの領域に分けて紹介します。下調べ、文献の読解補助、翻訳、執筆・校正、発表・研修の準備、実践の振り返り、壁打ち、事務・技術作業、記録の管理です。それぞれに具体例と依頼文の例を添えました。後半では、使う側が気をつけるべき点を取り上げます。出典の確認、判断を委ねないこと、迎合への注意、守秘、自分の声を保つことなどです。

AIの力を借りながらも、自分の研究や実践の著者であり続けるために。

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ナラティヴ実践協働研究センター(NPACC)は、心理カウンセリング手法の一つである「ナラティヴ・セラピー」の日本における専門拠点です。カウンセリングの提供や、初学者から専門家向けのワークショップ・トレーニングコースの運営、研究活動を行っています。

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各ページのテキスト
1.

AI as My Personal Secretary 研究者・実践者のためのAI活用ガイド ――専門家としてではなく、秘書として付き合う ナラティヴ実践協働研究センター(NPACC)

2.

1. なぜ「秘書」なのか 2

3.

AIをどう位置づけるか AIを 知識人・専門家 として扱うと…… 正解や判断を求めてしまう 自分で判断することを手放しやすくなる もっともらしい誤りを見抜きにくくなる AIを 個人秘書 として扱うと…… 判断するのは自分、調査・整理・下準備は秘書 自分の仕事の著者であり続けられる 「確かめる」という工程が自然に残る 3

4.

解説:秘書というメタファー(1) 私たちは、自分の秘書に正解や判断を求めません。しかし、調べてもらう、資料を整えてもらう、下書きを用意して もらう、予定や手順を管理してもらう、といったことは遠慮なく頼みます。そして、秘書の仕事を確認し、最終的に 決めるのは私たち自身です。 AIを「何でも知っている専門家」として扱うと、その答えを正解として受け取ってしまいがちです。ところが、AIは 確かなことも不確かなことも、同じように自信のある口調で語ることがあります。専門家として扱っていると、こう した誤りに気づきにくくなります。 4

5.

解説:秘書というメタファー(2) AIを秘書として位置づけると、役割の分担がはっきりします。秘書は材料を集め、並べ、選択肢を示します。私たち はそれを吟味し、確かめ、判断します。ナラティヴ実践の言葉でいえば、これは専門家の知を中心から外し、本人を 自分の仕事の著者の位置に置くことに近いといえます。 研究者や実践者にとって、自分の研究や実践の著者であり続けることは本質的に重要です。秘書というメタファー は、AIの力を借りながらも、その著者性を手放さないための枠組みとして役立ちます。 5

6.

研究者・実践者と秘書の役割分担 研究者・実践者 秘書(AI) 問いを立てる 問いに関わる資料を集める 解釈し、判断する 解釈の選択肢を並べる 理論的立場を選ぶ 立場ごとの論点を整理する 訳語を決める 訳語の候補と根拠を示す 一次資料で確認する 確認が必要な箇所を指摘する 最終稿に責任を持つ 下書き・校正・整形をする 6

7.

2. 秘書にできること 具体例で見る 7

8.

秘書の仕事:9つの領域 1. 下調べ・情報収集 2. 文献の読解補助 3. 翻訳の協働 4. 執筆・校正 5. 発表・研修の準備 6. 実践の振り返り 7. 壁打ち・反論役 8. 事務・技術作業 9. 記録と継続性の管理 以下、領域ごとに具体例と「依頼の例」を示します。 8

9.

① 下調べ・情報収集 ある 論争の経緯 を時系列で整理する 例:ポリヴェーガル理論をめぐる批判と反論の流れ ある 概念の系譜 をたどる 例:ロジャーズの「感情の反射」がどう生まれ、どう再検討されてきたか ある 人物や運動の背景 を調べる 例:バザーリアとイタリアの精神医療改革(法律180号) 特定の 著者の主要文献リスト をつくる 研究動向や隣接分野とのつながり を探る 例:「Good Enough Leadership」とウィニコットの関係 9

10.

① 下調べ:依頼の例 「ポジショニング理論の主要文献を、Davies と Harré の初期の論文から最近の展開 まで、年代順にリストにしてください。各文献に2〜3行の要旨をつけ、日本語訳があ るものはそれも示してください。」 「Allan Wade のレスポンス・ベースト・プラクティスについて、主要な論文・章と、 その中心的な主張を整理してください。出典に自信がないものは、その旨を明記して ください。」 「この概念について、支持する側と批判する側の主張を、それぞれの代表的な論者と ともに表にしてください。」 ポイント: 「自信がないものは明記して」と最初に頼んでおくと、確認すべき箇所が見え やすくなります。 10

11.

② 文献の読解補助 英語論文の 要旨を日本語で まとめる 難解な段落の文構造 を解きほぐす 例:カヴェルの長く入り組んだ一文の構造を示す 書籍の 章別要約ノート を決まった形式でつくる 要旨・主要概念・逐語引用(頁番号つき)・本書との関連 論文の 論点と論証の流れ を取り出す 複数の文献の 比較表 をつくる 例:Acknowledgment/Validation/Praise の用法を文献ごとに並べる 用語の定義 が文献によってどう異なるかを示す 11

12.

② 読解補助:依頼の例 「この段落の文構造を、主節・従属節・挿入句に分けて示してください。そのうえ で、直訳と、意味を汲んだ訳の両方を出してください。」 「添付した章について、いつものテンプレート(要旨/主要概念/重要な引用〔原文のま ま・頁番号つき〕/本書との関連/タグ)で要約ノートをつくってください。」 「この3本の論文で "acknowledgment" という語がどのような意味で使われているか、 引用を示しながら比較してください。」 ポイント: テンプレートを一度決めておけば、何冊分でも同じ形式のノートがそろいま す。その意義は次のスライドで説明します。 12

13.

章別要約ノートとは何か 文献1冊(または1章)ごとに、決まった見出し構成 でつくる参照用のノート 見出し 内容 書誌情報 著者・書名・出版社・出版年 要旨 その章が何を論じているか 主要概念 鍵となる用語とその定義 重要な引用 原文のまま・頁番号つき 本書との関連 自分のどの執筆計画に、どう関わるか タグ 決められた語彙で分類(例:#認証 #外在化) Obsidian などのノートアプリで管理し、ノート同士をリンクでつなぎます。 13

14.

章別要約ノートは何に使えるか 執筆中に、すぐ引ける 「この概念について、あの本は何と書いていたか」を、本を開かずに確認できる 引用の確認が速くなる 原文と頁番号が控えてあるので、一次資料にすぐ戻れる 複数の文献を横断して探せる タグやリンクで、「#認証 に関わる文献」をまとめて呼び出せる 秘書(AI)に読ませる資料になる ノートをAIに渡しておけば、AIは 手元の資料に基づいて 答えられる 複数の執筆計画で使い回せる 1冊につき1つのノートを、別の本の執筆にもそのまま使う 共著者・共訳者と共有できる 14

15.

解説:なぜノートを秘書に読ませるのか AIに「〇〇の本では、認証についてどう書かれていましたか」と尋ねると、AIは自分の一般的な知識から答えようと します。そのため、もっともらしいけれど不正確な要約や、存在しない引用が返ってくることがあります。 ところが、あらかじめ章別要約ノートをAIに渡しておけば(たとえば Claude のプロジェクト機能の資料として登録し ておけば)、AIは そのノートに書かれていることに基づいて 答えます。しかも、ノートには原文の引用と頁番号が控 えてあるので、AIの答えを一次資料で確かめるのも容易です。 つまり、章別要約ノートは、秘書が参照する「事務所の資料棚」 のようなものです。資料棚が整っていれば、秘書は 記憶に頼らず、棚の資料を引いて仕事ができます。そして、その資料棚を整えるという手間のかかる作業そのもの も、テンプレートさえ決めておけば秘書に任せられます。 15

16.

解説:ノートが積み重なっていく意義 章別要約ノートは、1冊ごとに完結するものではありません。1冊につき1つのノートをつくり、別の執筆計画でその文 献を使うときには、「本書との関連」の欄にその計画との関わりを一行書き足していきます。こうして、同じノート が複数の仕事を支える共有の資産になります。 ノートが増えるほど、タグやリンクを通して文献同士のつながりが見えてきます。「認証」という概念が、カヴェ ル、ホワイト、ウェイドといった異なる著者のもとでどう扱われているのか。こうした横断的な問いに、ノートの束 から答えられるようになります。 研究者は、長い年月をかけて大量の文献を読みます。しかし、読んだ内容の多くは、時間とともに記憶から薄れてい きます。章別要約ノートは、その読書の成果を、自分にとっても秘書にとっても いつでも引き出せる形で残しておく ための仕組みです。 16

17.

③ 翻訳の協働 下訳 をつくる(段落ごと・章ごと) 一つの語について 訳語の候補と、それぞれの根拠 を示す 例:validation を「承認」「是認」「妥当化」のどれにするか 用語集 を管理し、訳語が一貫しているかを点検する 原文と訳文を突き合わせて、訳抜けや誤訳の可能性 を探す 訳注の下書き をつくる 同じ箇所について 原文に忠実な訳と読みやすい訳 を並べる 原著者の 他の著作での用法 を調べ、訳語を決める材料にする 17

18.

③ 翻訳:依頼の例 「この章の訳文で、用語集と異なる訳語が使われている箇所をすべて一覧にしてくだ さい。」 「"story" と "narrative" の訳し分けの方針(story=ストーリー、narrative=物語。 ただし Narrative Therapy などの固有の用語はナラティヴ)に照らして、訳文を点検 してください。」 「この一文について訳語の候補を3つ示し、それぞれが日本語の読者にどう響くかを説 明してください。どれにするかは私が決めます。」 ポイント: 方針を言葉にして渡しておけば、秘書はその方針に照らして点検できます。 18

19.

④ 執筆・校正 書籍や論文の 章構成案 を複数出す 各章が その章だけを読んでも理解できるか を点検する 用語の揺れ(表記・訳語・送り仮名)を洗い出す 引用・参考文献の書式 をそろえる 同じ内容を 読者に応じて書き分ける 例:専門家向けの論文 → 一般向けの講座資料 タイトル・見出し・帯の文言 の候補を出す 冗長な箇所や論理の飛躍 を指摘する 原稿の 分量や構成のバランス を確認する 19

20.

④ 執筆・校正:依頼の例 「前の章を読んでいない読者を想定して、この章で理解しにくい箇所を指摘してくだ さい。修正は提案にとどめ、本文は書き換えないでください。」 「原稿全体で『認証』『承認』『是認』の使い分けが一貫しているか確認してくださ い。」 「この論考の主張を、キャリアカウンセラー向けの2時間講座の導入に使えるよう、平 易な言葉で書き直した版をつくってください。」 ポイント: 「書き換えないで」「提案にとどめて」と手を入れてよい範囲を指定すると、 自分の文章が守られます。 20

21.

⑤ 発表・研修の準備 Marpでスライド をつくる(自分のテーマ・書式で) 持ち時間に合わせた構成 を考える 例:20分の講演の時間配分 ワークショップのプログラム を組む(2日間、半日など) 演習の問いやワーク を考える 配布資料・レジュメ をつくる 想定される質問と、その応答 を準備する 逐語録やスライドをもとに書籍原稿 を起こす 講座の 案内文・告知文 を書く 21

22.

⑤ 発表・研修:依頼の例 「このテーマで20分の講演の構成案をつくってください。導入3分・本論14分・結び3 分を目安に、各パートで話す要点を示してください。」 「2日間のワークショップのプログラム案をつくってください。講義・デモンストレー ション・ペアワーク・全体でのふりかえりをバランスよく配置してください。」 「このスライド原稿をもとに、参加者が持ち帰れるA4で2枚程度の配布資料をつくって ください。」 「この講演に対して会場から出そうな質問を、好意的なもの・批判的なものを合わせ て10個挙げてください。」 22

23.

⑥ 実践の振り返り ※ 匿名化と同意の確認が前提(後述) 逐語録の整形(話者の表示・段落分け・タイムスタンプ) 匿名化した逐語録に 固有名詞などの見落としがないか を点検する 会話の中の 質問の種類 を分類する 例:脱構築的な質問、ユニークな結果を引き出す質問、リ・メンバリングの質問 別の応答の可能性 をいくつか考える スーパービジョンの準備資料 をつくる 研修用の デモンストレーションの逐語録に解説 をつける 23

24.

⑥ 振り返り:依頼の例 「この逐語録(匿名化済み)から、セラピストの質問を一つずつ取り出し、それぞれが どのような種類の質問かを分類してください。分類に迷うものは、その理由も書いて ください。」 「この場面で、相手の語りをより認証的に受け止める応答の例を3つ考えてくださ い。」 「研修会で検討するために、この会話の流れを段階に分けて要約し、各段階での問い かけの意図を推測してください。推測であることがわかるように書いてください。」 ポイント: 秘書の分析は「一つの読み」として扱い、実践者自身の理解と照らし合わせま す。 24

25.

⑦ 壁打ち・反論役 批判的な読者 の立場から原稿を読む 異なる学派の立場 から論じる 例:認知行動療法の立場から、ナラティヴ・セラピーの主張に反論する 概念の区別 がきちんと成り立っているかを試す 例:「認証」「是認」「賞賛」の違いを事例で区別できるか 自分の主張の 弱点や反例 を挙げる 抽象的な議論に 具体的な事例 を対応させる 説明が 初学者に伝わるか を試す 25

26.

⑦ 壁打ち:依頼の例 「この論考に対して、厳しい査読者のつもりで、主な批判を5つ挙げてください。遠慮 は要りません。」 「『認証は是認とは異なる』という私の主張について、両者の区別が曖昧になるよう な事例を考えてください。」 「この説明を、カウンセリングを学び始めたばかりの人として読み、わからない点を 質問してください。」 ポイント: AIには同意しやすい傾向があるので、反論を求めるときは「遠慮は要りませ ん」と明示すると効果的です。 26

27.

⑧ 事務・技術作業 PDFをMarkdownやWordに変換 する(電子書籍化の準備など) 長い原稿を 章ごとのファイルに分割 する 文献リストを特定の書式に整える 表計算で 一覧表・管理表 をつくる(訳語表、進捗表など) メール・依頼状・お礼状 の下書きをする ソフトウェアの 不具合の原因を探る 例:MarpのPDF書き出しがうまくいかない、Obsidianのプラグインが動かない 出版や手続きについて調べる 例:電子書籍の自主出版(KDP)の手順、ISBNの扱い 図表や画像を 作成したり、形式を変換したり する 27

28.

⑧ 事務・技術:依頼の例 「このPDF論文を、見出し・段落・脚注を保ったMarkdownに変換してください。変換に 自信のない箇所には印をつけてください。」 「この参考文献リストを、投稿予定の学会誌の執筆要領に合わせて整えてくださ い。」 「MarpでPDFを書き出そうとすると、次のエラーが出ます。原因と対処法を、Windows の場合とMacの場合に分けて教えてください。」 「共訳者に作業の進め方を相談するメールの下書きを書いてください。丁寧に、しか し簡潔に。」 ポイント: こうした作業を秘書に任せれば、私たちは考えることに時間を使えます。 28

29.

⑨ 記録と継続性の管理 用語の決定とその理由 を記録する 例:「validate は『是認』と訳す(以前は『承認』)」 プロジェクトごとの 方針書・作業手順書 をつくる 作業の進み具合 をまとめる(どの章まで終わったか) 会話の中で決まったことを 議事録のように整理 する 次回の作業のための 引き継ぎメモ をつくる 秘書の記憶は完全ではありません。 だからこそ、大事なことは文書にして、自分の手元に 置いておきます。 29

30.

解説:秘書にできることの広がり(1) ここまで見てきたように、AIという秘書に頼める仕事の幅は、人間の秘書よりもずっと広いといえます。資料集め、 文献の読解補助、翻訳の下準備、校正、スライド作成、技術的な不具合への対処まで、一人の秘書が引き受けてくれ ます。しかも、深夜でも休日でも、何度でも頼み直すことができます。 これらの仕事に共通するのは、「判断の材料をそろえる」「手間のかかる作業を代わりに引き受ける」「別の視点を 差し出す」という点です。どの仕事でも、何を採用し、どう決めるかは私たちに委ねられています。 30

31.

解説:秘書にできることの広がり(2) 秘書の仕事の質は、こちらの頼み方に大きく左右されます。目的、背景、求める形式、手を入れてよい範囲を伝える と、秘書は格段によく働きます。テンプレートや用語集、方針書のような「業務手順書」を用意しておくことは、秘 書と働くための環境を整えることでもあります。 自分の専門領域の細部、つまり特定の理論の用語、二つの言語の行き来、臨床の言葉のニュアンスにまで付き合って くれる秘書を、人間の中に見つけるのは容易ではありません。AIは、その役割を担える可能性を持っています。 31

32.

3. 私たちが気をつけること 32

33.

気をつけるべき8つのポイント 1. 出典と事実の確認は自分で行う 2. 解釈と判断は委ねない 3. 迎合に注意する 4. 前回の話を覚えているとは限らない 5. 守秘と倫理を守る 6. 自分の声を保つ 7. 自分で読む力・書く力を手放さない 8. AIの使用を開示する 33

34.

1. 出典と事実の確認は自分で行う AIは 存在しない文献 や ずれた頁番号 を挙げることがある もっともらしい引用 をつくってしまうことがある 確かな情報も不確かな情報も 同じ口調 で語る AIの知識には 時期の限界 がある(最新の情報は検索機能の有無で変わる) とくに確認が必要なもの 引用文(一字一句)・頁番号・出版年 著者の主張の要約、「〇〇は△△と述べている」という記述 数値・固有名詞・最近の出来事 → 「調べてもらう」と「確かめる」は別の工程 34

35.

解説:なぜ確認が欠かせないのか 人間の秘書なら、自信がないときは「たしか〜だったと思いますが、確認します」と口ぶりに表れます。AIは、確信 の度合いにかかわらず、整った文章で答えを返すことがあります。そのため、誤りが紛れ込んでいても、文章の調子 からは見抜けません。 研究者にとって、これは深刻な問題になり得ます。存在しない文献を引用したり、原著者が述べていないことを著者 のものとしたりすれば、研究の信頼性が損なわれます。次のような習慣が有効です。 引用や頁番号は、必ず一次資料と照らし合わせる 「出典に自信がないものは明記して」と最初に頼んでおく 手元の文献(PDFなど)を渡し、その範囲で作業してもらう 重要な主張は「その根拠となる箇所を原文で示して」と求める 手元の資料を渡せば誤りはずっと減りますが、それでも確認の工程はなくせません。 35

36.

2. 解釈と判断は委ねない 資料を並べるのは秘書、決めるのは自分 理論的立場の選択、訳語の決定、事例の解釈は 研究者・実践者の仕事 AIの提案をそのまま採用すると、なぜそう決めたのかが自分の中に残らない 頼み方の例 「候補を3つと、それぞれの根拠を示してください。決めるのは私です」 「どれがよいかではなく、それぞれの長所と短所を並べてください」 → 決めた理由を 自分の言葉で説明できるか が目安 36

37.

3. 迎合に注意する AIには ユーザーの見解に同意しやすい傾向 がある いつも賛成してくれる秘書は、良い秘書とはいえない 対策 「反論してください」「問題点を挙げてください」と はっきり頼む 「遠慮は要りません」と添える 同じ問いを 反対の立場から 問い直してみる 賛成されたときほど、少し疑ってみる → 良い秘書は、こちらの誤りに気づけば指摘する 37

38.

4. 前回の話を覚えているとは限らない 人間の秘書は、長く働くうちにこちらの仕事を覚えていく AIの記憶は 部分的 で、会話やプロジェクトが変わると 途切れる ことがある 以前に決めた方針を、秘書が覚えていない可能性がある 対策:業務手順書を文書にしておく 用語集・訳語の方針 要約ノートのテンプレート スライドのテーマ・書式 引用・文献の書式のルール プロジェクトの目的と現状 → 手順書を渡せば、仕事の質が安定する 38

39.

5. 守秘と倫理を守る 臨床の逐語録やクライアントに関わる情報は、匿名化してから 渡す 研修参加者の発言、事例の詳細も同じように扱う 他の人の未公刊の原稿やデータの扱いにも注意する 所属機関や学会の 倫理規定・情報管理の方針 を確認する 秘書に見せてよいもの/見せてはいけないもの その線引きは 私たちの責任 迷ったら、見せない 39

40.

6. 自分の声を保つ AIの下書きに手を入れ続けると、文体や論の運びがAIの癖に寄っていく 研究者・実践者にとって、文体は思考そのもの 対策 大事な文章は 自分で書いてから 秘書に点検してもらう 「書き換えずに、提案だけしてください」と頼む AIにありがちな言い回し(何にでもまとめをつける、整いすぎた三段構成など)に敏感 になる → 「秘書が書いたものを自分が直す」より「自分が書いたものを秘書が点検する」 40

41.

7. 自分で読む力・書く力を手放さない 文献を読み込み、原文と格闘する中でしか 生まれない発見 がある すべてを秘書に任せると、自分で読む力・書く力 が衰えるおそれがある 任せる範囲を意識して決める 中心となる文献は、自分で読む 秘書の要約は、全体像をつかむための 地図 として使う 重要な訳文は、自分で原文と向き合って決める 41

42.

8. AIの使用を開示する 論文や書籍でAIをどう使ったかを 開示する慣行 が広がりつつある 投稿先の学会誌や出版社の 方針を確認 する 共同研究者・共訳者とも、AIの使い方について 合意しておく 開示の例 「文献の整理と英文の下訳にAIを補助的に用いた。すべての訳文と引用は、著者が原 典と照合した」 42

43.

4. 秘書とうまく働くために 43

44.

仕事の分担を決めておく 任せてよい 確認しながら任せる 自分でやる 書式の整え 文献の要約 理論的立場の選択 ファイルの変換・分割 下訳 訳語の最終決定 用語の揺れの洗い出し 論争の経緯の整理 事例の解釈 スライドの体裁 引用・頁番号の抜き出し 主張の核心部分の執筆 メールの下書き 想定質問・反論 倫理的な判断 進み具合のまとめ 講演・研修の構成案 最終稿への責任 44

45.

よい依頼の5つの要素 1. 目的 ――何のための作業か 「講演の準備のために」 2. 背景 ――秘書が知っておくべき文脈 「聴衆はキャリアカウンセラーが中心」 3. 形式 ――どのような形で返してほしいか 「表で」「Marpのスライドで」「A4で2枚」 4. 範囲 ――どこまで手を入れてよいか 「本文は書き換えず、提案のみ」 5. 不確かな点の扱い ――自信のない情報をどう示すか 「出典に自信がないものは明記して」 45

46.

依頼の比較 曖昧な依頼 「ナラティヴ・セラピーについてまとめて。」 よい依頼 「キャリアカウンセラー向けの90分講座の導入として、ナラティヴ・セラピーの基本 的な考え方を説明する資料をつくってください。聴衆はナラティヴ・セラピーを初め て学ぶ人たちです。外在化・ユニークな結果・再著述の3点に絞り、それぞれに日常的 な例を一つずつつけてください。分量はA4で2枚程度、専門用語には短い説明を添えて ください。文献に触れる場合は出典を明記してください。」 46

47.

業務手順書を整える 用語集:原語・訳語・決めた日・決めた理由 訳語の方針:story=ストーリー/narrative=物語 など テンプレート:章別要約ノートの見出し構成 書式のルール:引用・文献リスト・ダッシュ記号の使い方 スライドの設計:テーマ名・クラス・配色 プロジェクトメモ:目的・読者・締め切り・現在の進み具合 一度つくれば、どの会話でも、どのプロジェクトでも使い回せます。 手順書を整えることは、自分の仕事の仕方を言葉にすること でもあります。 47

48.

解説:秘書との関係をつくる(1) 秘書との仕事は、一度の依頼で完成するものではありません。頼み、結果を見て、修正を求め、うまくいったやり方 を手順書に書き加えていく。AIそのものが私たちのことを学んでいくわけではありませんが、この手順書が積み重な ることで、秘書の仕事はしだいに私たちの仕事に合ったものになっていきます。 興味深いのは、秘書に仕事を頼むために手順書をつくることが、自分の仕事の仕方を見つめ直す機会になるという点 です。自分はどのような基準で訳語を決めているのか。要約ノートには何が必要なのか。引用の書式をどうしたいの か。こうしたことを言葉にするのは、自分の研究や実践の暗黙の前提を明らかにすることでもあります。 48

49.

解説:秘書との関係をつくる(2) 秘書がうまく働かないときは、頼み方や伝えた文脈に原因があることが少なくありません。「秘書ができない」と考 える前に、「何を伝えていなかったか」を振り返ると、次の依頼がよくなります。 AIという秘書は、使い方しだいで、研究者・実践者の仕事を大きく支える存在になります。ただし、その力がいちば ん発揮されるのは、私たちの側に判断の軸があるときです。何を頼み、何を確かめ、何を自分で決めるか。その区別 がはっきりしているほど、秘書はよく働きます。 49

50.

まとめ AIは 専門家 ではなく、個人秘書 として位置づける 秘書にできることは幅広い 下調べ・読解・翻訳・執筆・発表準備・振り返り・壁打ち・事務作業・記録 出典と事実の確認 と 判断 は自分で行う 迎合 に注意し、反論を求める 守秘 と 自分の声 を守る 業務手順書 を整えて、秘書と働く環境をつくる 判断まで任せはじめると、秘書は「知っているかのように語る専門家」に変わってしまう 50

51.

秘書が力を発揮するのは、 私たちの側に判断の軸があるとき ナラティヴ実践協働研究センター(NPACC)