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April 09, 25

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大阪公立大学工学部情報工学科

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ビーコンセンシングによる滞在空間同定手法 岩本尚弥 大阪公立大学 sh22276b@st.omu.ac.jp Location Identification Method based on Beacon Sensing Technology NAOYA IWAMOTO OSAKA METLOPOLITAN UNIVERSITY 概要:本研究は,屋内空間における滞在場所の同定精度向上を目的とし, Bluetooth Low Energy (BLE) ビーコンと受信信号強度指示 (RSSI) を用いた新たな滞在空間同定手法を提案する.既存の IC カード打刻シ ステムでは,打刻者の滞在を保証できないという課題がある一方で,Global Positioning System (GPS) は 屋内環境での利用に限界がある.このような背景から,高精度な屋内空間推定技術が求められている.BLE ビーコンは簡便なソリューションを提供するものの,RSSI は多重波の影響を受けやすく,推定精度に課題が 残る.そこで本研究では,複数の BLE ビーコンから得られる RSSI 値に対しファジィ推論を適用することで, RSSI 値の不確実性を考慮した高精度な空間同定を目指す.実験を通じて提案手法の空間推定精度を評価し, 既存手法と比較することでその有効性を検証する.本研究は,屋内におけるより信頼性の高い位置情報サービ スの実現に貢献することを目指す. る Bluetooth の一部で,バージョン 4.0 から追加に 1 はじめに なった低消費電力の通信モードである. 近年,大学や企業における出席・勤怠管理システ BLE ビーコンを用いた屋内空間推定では,ビー ム等の打刻システムでは,学生証や社員証に搭載さ コンから発信される電波の受信時に得られる受信信 れた IC カードを用いる手法が広く普及している. 号強度指示(Received Signal Strength Indication, しかし,IC カードによる打刻は,打刻者が実際に 以下 RSSI と記す)を利用して,受信機とビーコン その空間に滞在している事実を保証するものではな 間の距離を推定することが一般的である.RSSI は, い.そのため,代理打刻などの不正行為を完全に排 受信した電波の強度を示す指標であり,受信機で受 除することは困難である. 信した信号の電力を,1 ミリワット(mW)を基準 一方,屋外における位置推定技術としては,Global としたデシベル値(dBm)で対数表示するものであ Positioning System (GPS) が広く普及している.し る [1].しかし,障害物が多い環境下では,電波の かしながら,GPS は屋外環境での利用に最適化さ 反射や回折による多重波伝搬の影響を受け, RSSI れており,屋内環境や地下空間等の電波遮蔽環境下 値が大きく変動することが知られている.したがっ では精度が著しく低下することが知られている.こ て,BLE ビーコンを用いた空間推定技術において, のような背景から,近年,屋内空間における高精度 RSSI 値を用いた空間推定精度の向上が重要な課題 な空間推定技術へのニーズが高まっており,その となっている. 解決策の一つとして,Bluetooth Low Energy(以 本研究では,前述の課題に対し,RSSI 値を用い 下,BLE と記す)ビーコンを用いた空間推定技術 た新たな滞在空間同定手法を提案する.提案手法で が注目されている.BLE とは,無線 PAN 技術であ は,BLE ビーコンを用いて受信機が滞在する空間 1

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を同定するために,複数のビーコンから受信する RSSI 値に対しても高精度な空間同定を実現する. RSSI 値に対し,ファジィ推論に基づく推定手法を 以下に,提案手法の概要を説明する. 適用する.ファジィ推論は,不確実な情報を取り扱 3.1 メンバーシップ関数の定義 うための数理的な手法であり,不確かさを表現する RSSI 値の曖昧さを表現するため,本研究では三 ファジィ集合を用いて推論を行う [2].提案手法で 角形メンバシップ関数を採用する.三角形メンバ は,受信機が複数のビーコンから受信する RSSI 値 シップ関数 µA (x) は,以下の式で定義される. をファジィ集合としてモデル化し,ファジィ集合演  0     x−a   −a µA (x) = cb − x    c−b   0 算を用いて滞在空間を同定する.提案手法の有効性 を検証するため,実験を行い,その空間推定精度を 評価する. 2 関連研究 if x ≤ a if a < x ≤ b if b < x < c (1) if x ≥ c ここで, x は入力変数(本研究では RSSI 値) ,a, RSSI 値を用いた空間同定手法として,既存手法 b,c は三角形の頂点を定義するパラメータである. には三角測量法や最近傍法,指紋法などがある.三 RSSI 値 x とパラメータ a, b, c を入力として,そ 角測量法は,受信機が複数のビーコンから受信し の RSSI 値が定義されたファジィ集合にどの程度所 た RSSI 値を用いて,受信機の位置を推定する手法 属するかを示す所属度を 0 から 1 の間の値で出力 である.酒井ら [3] は,複数ビーコンと三角測量法 する. を用いて,屋内位置推定を行っている.最近傍法 3.2 ファジィ集合の定義 (Proximity 法) は,受信する RSSI 値が最も大きい RSSI 値を表現するファジィ集合として,「非常 ビーコンが存在する空間を推定する手法である.指 に強い (definitelyStrong)」 , 「強い (veryStrong)」, 紋法は,事前に推定対象となる空間内の複数地点に 「やや強い (strong)」 ,「中程度 (medium)」 ,「弱い おいて RSSI 値を計測しデータベースに記録してお (weak)」,「非常に弱い (veryWeak)」の 6 つの言 き,実際に推定する際には,記録した値とパターン 語変数に対応するファジィ集合を定義する.これ マッチングを行う手法である.高山ら [4] の研究で らの関数は,受信した RSSI 値がそれぞれの電波 は,位置指紋とデッドレコニングで得られる合成位 強度にどの程度合致するかを評価する.例えば, 置指紋を用いて,より高精度な空間同定を実現して veryStrong(rssi) は,RSSI 値が「強い」というファ いる. ジィ集合にどの程度所属するかを返す. 3.3 一方で,RSSI 値はノイズや干渉などによるマル 滞在空間の推定 チパスの影響を受けやすく,三角測量法のように距 提案手法における滞在空間の推定は,各部屋に設 離計算を行う際に誤差が大きくなりやすい.また, 置されたビーコンから受信した RSSI 値に基づいて 最近傍法では部屋内に設置されたビーコンの数につ 行われる.まず,ビーコンからの情報が全くない場 いて考慮されていない.指紋法は,事前に計測した 合は,ビーコンが検出されていないと判断する. データベースとのマッチングを行うため,同定空間 部屋 Ri のスコア S(Ri ) は,検出された各デバ イスの RSSI 値に基づいて計算される.デバイス 内の複数地点で事前に計測を行う必要がある. dj の RSSI 値を rj とし,対応する各ファジィ集 3 滞在空間同定の提案手法 合の所属度を µdefinitelyStrong (rj ), µveryStrong (rj ), 上記の課題に対し,本研究では, BLE ビーコン µstrong (rj ), µmedium (rj ), µweak (rj ), µveryWeak (rj ) を用いた滞在空間同定手法を提案する.提案手法 とする. では,複数の BLE ビーコンから得られる RSSI 値 部屋 Ri のスコア更新は,以下の式で表される. に対し,ファジィ推論を適用することで,不確実な なお,係数は経験則に基づいて設定を行った. 2

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∆S(Ri , dj ) = µdefinitelyStrong (rj ) + 0.7 · µveryStrong (rj ) + 0.4 · µstrong (rj ) + 0.3 · µmedium (rj ) + 0.2 · µweak (rj )(2) + 0.1 · µveryWeak (rj ) 部屋 Ri の最終的なスコアは,その部屋で検出さ れた全てのデバイスからのスコア増分を合計するこ とで得られる.Di を部屋 Ri で検出されたデバイ スの集合とすると,部屋 Ri のスコア S(Ri ) は以下 のようになる. S(Ri ) = 図 1 ビーコン設置位置と観測位置 X ∆S(Ri , dj ) (3) dj ∈Di した.なお,実験はドアを開けた状態で行った.ま 最終的に,部屋の推定は各部屋のスコア S(Ri ) た,実験機材は以下を用いた. のうち,最大のスコアを持つ部屋を推定結果として • Android 端末(moto g64 5G,Android 14) 採用する. 推定された部屋 = arg max S(Ri ) Ri • サンワ 温度・湿度センサー搭載 BLE ビーコン (4) (MM-BLEBC7) なお,RSSI 値はマルチパスなどの影響を受けや なお,ビーコン発信間隔は 1 秒間隔,ビーコンの発 すいため,以下の漸化式を用いて,[0, T ] までのス 信電波強度は-8dBm とした.また,ビーコンの設 コアの総和をスコアとして計算する.本実験では 置方法は図のような形で天井に設置した.教室と廊 T = 25[s] と設定した. ( St (Ri ) = St−1 (Ri ) + P dj ∈Di ∆St (Ri , dj ) 0 if t > 0 if t = 0 (5) 4 実験手法 実験の目的は,複数ビーコンから受信する RSSI 値から滞在空間同定を行うにあたって,従来手法と 提案手法の空間同定精度を比較することである.従 図 2 ビーコンの設置方法 来手法として,近傍ビーコンの RSSI 値を用いた最 近傍法を採用し,提案手法と比較する.なお,ドア 前などの境界部分では複数回の推定を行った. 下は図 3,4,5,6 のようになっている. 4.1 4.2 実験環境 実験用スマートフォンアプリ 実験は大阪公立大学杉本キャンパスの工学部 F 実験を行うにあたって,Flutter を用いてスマー 棟 6 階で実施した.図 1 に示すように,実験環境 トフォンアプリを開発した.実装した機能には, は F601,F602,F612 の 3 つの部屋と,それぞれ ビーコンからの RSSI 値の取得,滞在空間同定,実 の部屋の前の廊下側のドア前に設置されたビーコン 験結果の記録・表示が含まれる.また,アプリの UI からの RSSI 値を受信することで,滞在空間を同定 は,図2のようになっており,各種情報を確認する 3

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ことができる. 図 3 F601 図 4 F602 図 7 スマートフォンアプリの UI 4.3 実験 今回は,2 つの実験を行った.それぞれの実験で 適合率,再現率,F 値を評価した.適合率は,推定さ 図 5 F612 れた結果のうち,実際に正しい結果の割合を示す. 再現率は,実際に正しい結果のうち,推定によって 正しく検出された結果の割合を示す.F 値は,適合 率と再現率の調和平均であり,全体的な性能を示す 指標である. 実験 1:教室にのみビーコンを設置し,どの教 室に滞在しているかを推定の精度を評価する. 実験 2:ビーコンを教室と廊下側のドア前に設 置し,どの教室の前にいるかを推定の精度を評 図 6 廊下 価する. 4

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5.2 5 実験結果 5.1 実験 1 最近傍法と提案手法における,適合率,再現率,F メンバーシップ関数の決定 値を以下の表に示す.また,最近傍法と提案手法の 1m の距離でビーコンからの RSSI 値を計測し, 表 3 最近傍法による滞在空間同定結果 その結果を以下の図のようになった.また,最頻 値,最大値,最小値を求めると,以下の表のよう になった.上記の結果を参考にし,RSSI 値のぶれ 部屋 適合率 再現率 F値 F601 0.90 0.90 0.90 F602 0.80 0.80 0.80 F612 0.90 0.90 0.90 平均 0.87 0.87 0.87 表 4 提案手法による滞在空間同定結果 図 8 RSSI 値の計測結果 表 1 1m 地点における RSSI 値の統計 最頻値 最大値 最小値 −53 −52 −68 部屋 適合率 再現率 F1 値 F601 1.00 1.00 1.00 F602 1.00 1.00 1.00 F612 1.00 1.00 1.00 平均 1.00 1.00 1.00 混同行列を以下の図に示す.最近傍法では,窓際や を考慮し,メンバーシップ関数のパラメータを決 定した.この際,1m の距離で受信する RSSI 値の 最頻値を veryStrong に対応させた,また,strong, medium,weak,veryWeak に対応するパラメータ はそれぞれ, 5dBm ずつずらすことで決定した. なお,definitelyStrong と veryWeak は,0dBm と −100dBm に対応させた.各ファジィ集合に対応す るパラメータは以下の通りである. 図 9 最近傍法の混同行列 表 2 ファジィ集合の定義 ファジィ集合 a b c 非常に強い (definitelyStrong) 0 −24 −53 強い (veryStrong) −48 −58 −68 やや強い (strong) −58 −68 −78 中程度 (medium) −68 −78 −88 弱い (weak) −78 −88 −98 非常に弱い (veryWeak) −88 −98 −100 5 ドア前などでご推定を行うことがあった.一方で, 提案手法では全ての地点で正確な推定を行うことが できた. 5.3 実験 2 最近傍法と提案手法における,適合率,再現率,F 値を以下の表に示す.また,最近傍法と提案手法の 混同行列を以下の図に示す.最近傍法では,ドア前

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図 10 提案手法の混同行列 図 11 最近傍法の混同行列 図 12 提案手法の混同行列 表 5 最近傍法による滞在空間同定結果 部屋 適合率 再現率 F1 値 F601 0.89 0.80 0.84 F602 0.67 0.67 0.67 F612 1.00 0.91 0.95 廊下 0.67 0.80 0.73 平均 0.81 0.79 0.73 表 6 提案手法による滞在空間同定結果 部屋 適合率 再現率 F1 値 F601 1.00 0.90 0.95 F602 0.90 1.00 0.95 F612 1.00 1.00 1.00 廊下 1.00 1.00 1.00 平均 0.97 0.97 0.97 は,提案手法が RSSI 値の変動に対してロバストで での部屋と廊下の誤推定が多かった.部屋の中心部 あり,部屋の境界付近においても安定した推定が可 の推定においても廊下と誤推定した例もあった.一 能であることを示唆している.一方,最近傍法では 方で,提案手法では誤推定が少なく堅牢であった. 平均適合率,平均再現率,平均 F 値が 0.87 であり, 5.4 提案手法と比較して性能が劣ることが明らかになっ 考察 本実験では,BLE ビーコンを用いた屋内位置推定 た.混同行列(図 3)からもわかるように,最近傍 において,最近傍法と提案手法の性能を比較した. 法では特定の場所(窓際やドア付近など)で誤推定 5.4.1 が発生する傾向が見られた.これは,単一の最も強 実験 1 に関する考察 実験 1 の結果(表 3 および表 4)から,提案手法 いビーコンに依存する最近傍法の特性上,RSSI 値 は全ての部屋において適合率,再現率,F 値が 1.00 の変動や環境の影響を受けやすいことが原因と考え となり,優れた滞在空間同定性能を示した.これ られる. 6

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5.4.2 実験 2 に関する考察 6 実験 2 では,廊下を推定対象に加えたことで,よ おわりに り実環境に近い複雑な条件下での性能評価を行っ 今回の実験結果から,ファジィ推論を用いた提案 た.実験の結果(表 5 および表 6)を比較すると, 手法は,RSSI 値の変動に強く,よりロバストな滞 提案手法は最近傍法と比較して,全ての空間(部屋 在空間同定を実現できることが示唆された.特に, および廊下)において顕著に高い適合率,再現率, 廊下のような曖昧な空間においても高い精度を維持 F 値を示した.特に,最近傍法では平均適合率が できる点は,実環境への応用において大きな利点と 0.81,平均再現率が 0.79,平均 F 値が 0.73 である なるだろう.今後の課題としては,より大規模な環 のに対し,提案手法ではそれぞれ 0.97,0.97,0.97 境や動的な環境における性能評価,また,RSSI 値 と大幅な向上が見られた.混同行列(図 5)を分析 以外のセンサ情報を組み合わせた位置推定手法の検 すると,最近傍法ではドア前において部屋と廊下の 討が挙げられる.提案手法のさらなる拡張と応用に 間で誤推定が頻発していることが確認できる.さら より,屋内位置推定技術の向上が期待される. に,部屋の中心部においても廊下と誤推定される 参考文献 ケースが見られた.これは,廊下に設置されたビー コンの RSSI 値が,部屋の位置によっては部屋に設 [1] 中井若菜,川濱悠,勝間亮, 単位 RSSI 値の強弱 置されたビーコンと同程度になる,あるいは一時的 の推定による位置推定精度の向上, 2017 年度 に強くなる場合に,最近傍法が誤った推定を行うた 情報処理学会関西支部 支部大会 講演論文集, めと考えられる.対照的に,提案手法では誤分類が ISSN 1884-197X (2017). 非常に少なく,廊下のような曖昧な空間においても [2] 水本雅晴, ファジィ推論 (1)(ファジィ理論入門 高い同定精度を維持していることが示された.これ (8)), 日本ファジィ学会誌, 4(2), pp. 256-264 は,ファジィ推論が複数のビーコンからの RSSI 値 (1992). を総合的に評価し,それぞれの RSSI 値の曖昧さを [3] 酒井 瑞樹, 森田 裕之, Bluetooth を用いた屋 考慮して推論を行うため,単一の RSSI 値の変動に 内位置推定手法の提案, 経営情報学会 全国研 影響されにくいという利点が発揮された結果と言 究発表大会要旨集, pp.53-56, (2016). [4] 高山 智史, 梅澤 猛, 大澤 範高,「複数地点の位 える. 5.4.3 提案手法の有効性 置指紋を使った非線形回帰モデルによる屋内 実験 1 および実験 2 の結果から,提案手法は最近 位置推定」『マルチメディア,分散協調とモバ 傍法と比較して,屋内滞在空間同定において顕著な イルシンポジウム 2018 論文集』, pp. 610-619, 性能向上を実現していることが明らかになった.特 (2018). に,RSSI 値の変動が大きい環境や,部屋の境界付 [5] 国土交通省 国土地理院 測地部, 屋内測位のた 近,廊下のような複数のビーコンからの電波が混在 めの BLE ビーコン設置に関するガイドライン する曖昧な空間において,提案手法の優位性が明確 〈平成 29 年度版 Ver.1.0〉(2018). に示された.これは,提案手法が RSSI 値を直接用 [6] 渡邉洸, 高橋雄太, 大坪敦, 藤本まなと, 荒川豊, いるのではなく,ファジィ集合を用いて RSSI 値の 安本慶一, BLE ビーコンと反響音センシング 強度を言語的に表現し,その曖昧さを考慮した推論 による屋内スポット推定, マルチメディア,分 を行うためと考えられる.複数のビーコンからの情 散協調とモバイルシンポジウム 2018 論文集, 報を統合的に扱うことで,単一のビーコンの RSSI pp. 620-626 (2018). 値の変動に左右されず,より安定した推定が可能に なったと言える. 7