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May 11, 24
スライド概要
プラトンが、神は至高のイデアの世界にいてこの世と隔絶してる (異世界性)、と言いつつ、この世を必然的に作った (この世性)、と主張したことで、西洋哲学/神学は変な分裂状態を2000年にわたり続ける。その両者を相容れさせようとする仕掛けが、存在の大いなる連鎖で、神に続く万物の序列があり、それが不完全なものをすべて揃えることで、世界の完全性を作る、という屁理屈になった。
それが天文学でそれっぽく裏付けられたり、博物学や生物学の発見で元気づき、逆に科学の進歩に貢献したりもした。
さらにそれが決定論にしかならず、この世の改善の余地も否定してしまうことがわかってくると、それを時間化する試みが行われ(だんだん完璧に向かうんだよ! でもその材料は最初からあった!)、その単一プロトタイプの多様化というテーゼが、変化と多様性を重視するロマン主義への道も開いた。
が、最終的にこの思想は破綻した。異世界性とこの世性はどうやっても相容れない矛盾する考えだとわかって、一気に廃れてしまった。でも、いまだにそれと同じ思想を蒸し返すベルクソンとかホワイトヘッドもいるので、気をつけよう。あと、これをコチャコチャ考えたことで科学の発展が進んだ面はある。が、それはあくまで副作用。
特になし
『存在の大いなる連鎖』 アンチョコ アーサー・O・ラヴジョイ をもとに 山形浩生が作成 クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
ラヴジョイ『存在の大いなる連鎖』 • 全訳は以下にあります。 • ラヴジョイ『存在の大いなる連鎖』全訳 (pdf、3.3MB) • また章ごとのパワポは以下にある。 • https://www.docswell.com/tag/%E8%A6%B3%E5%BF%B5% E5%8F%B2 クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
第1講:観念史の研究とは • 哲学史や思想史とは、似ているけれどちがう。 • というのも「何とかイズム」「何とか主義」「何とか論」を構成する「単位観念」みた いなものがありそう! それを扱う。 • 「神」とか「キリスト教」って、時代や人によって意味がちがう。 • 具体的には? • 「すべては単純な本質を持つ」「還元はダメだ、全体重視」 • わかりにくい (あるいはデタラメ) を深遠と思う心 • 秘教性、万物は一つとかいう一元論、世界に立ち向かう自分とか • これには学際アプローチ (それも二流作品への注目) が重要。 • 現代から見てバカな観念も多い。でも、なぜそのバカなものが信じられたか? そこにも (いやそこにこそ) 観念の作用がある。そのバカぶりを愛でよう! クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
第2講:ギリシャ哲学での観念の創成 • 神さまがスーパー偉くて完璧という「異世界性」/ この世はずいぶ んダメなところが多いという「この世性」 • この相容れない二つをプラトンが提唱し、それを整合させようと二 千年の苦闘が始まる。そこで出てきた三つの原理が登場: • 充満性:宇宙は叡智/神の善等々で、満ち満ちている! • 段階性:存在には高い方から低い方へのグラデーションがある • 連続性:充満しているから、すべての存在は定性的にも定量的にも連続して いるよ!だって連続してないと、すき間ができて充満しないじゃん! (実は異世界性だの、この世を離れた悟りの世界だの言う連中はみんなインチキなペテン師。 が、西洋哲学はそれをマジに考えた) クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
第3講:中世における充満の原理と内部紛争 • 中世の公認教義は異世界性:神さまは至高で自足。人間やこの世はクズ! • でも充満の原理が何かと顔を出した:! • アベラールもアウグスティヌスもトマス・アクィナスも、ふとした拍子に充満の原 理に頼る • 神さま最高というためにこの世を貶めすぎると、なんで神さまはそんなクズを作っ たのか、という話になる。でもこの世に神の善性が充満すると、至高の神の絶対性 がヤバくなる。 • 結局みんなあわてて公認教義に戻り、支離滅裂な屁理屈でごまかすばかり • 中世は神秘主義で対立を解決するより豊穣な曖昧さを選んだ • でも中世キリスト教は、東洋的な「すべて幻想」論には走らなかった • 矛盾を承知しつつ、この世の現実をなんとか充満の原理で救おうとした クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
第4講:充満の原理と新しい宇宙観 • あらすじ:天動説から地動説への移行は「実証科学」なんかのおか げではない。観測データにのおかげでコペルニクス説が広まったと か思ってんだろ? 全然ちがうから。 • 地動説は、「異世界性」に対する「この世性」の逆襲の道具! • 地動説は、星が一定の天球におさまっているという考えから、宇宙は無限 の広がりを持つと示唆した。 • だから「神は無限の創造力を持ち、無限の空間を満たす」という充満の原 理=この世性と相性がよかったんだよ! • だからみんな、地動説で「じゃあ他にも地球みたいなのはあるのか! 火星 人や木星人やプレアデス人もいるよね」と主張するようになった。 • カントもパスカルもデカルトもみんなそういうこと言ってる。 クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja 6
第5講: ライプニッツとスピノザの充満と充分理由 • ライプニッツは充満の原理が大好きだった。そして、その充満の原 理&存在の連鎖から、宇宙のすべてのモノ/事象には、神様に根源を 持つ理由があるのだ、という「充満理由の原理」を引き出した。 • ライプニッツは、すべてに理由がある=偶然で起こることはない、 という理屈を展開した。 • 神様は善なので「理由がある=それが最善」ということ • 善性は、万物の本質に内在している • ∴最善のものしか選べない→選べるものは決まっている=決定論 • これはスピノザの決定論的宇宙の哲学とまったく同じ。ライプニッ ツは屁理屈をこねて、スピノザとはちがうと強弁したけど…… クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja 7
第6講:18世紀思想での存在の連鎖 人間の位置づけと役割 • ジョン・ロックとライプニッツが存在の連鎖を大いに広め、 各種通俗ライターもそれを広めた。 • 「宇宙は上から下まで充満していて、神からバイ菌まであらゆる段階がある。人間はその中間なの だ!」 • この発想は人間の立ち位置について当時の思想に影響した。 1. 万物は人間のためではなく、それ自体のために存在する 2. 位階の中で人間は、中間ではなく底辺近くになった 3. 人間の高い地位は失われ、サルに毛が生えた存在にすぎなくなった 4. 肉体と精神を両方持つ気高い存在のはずが、最低の精神しかない存 在になった クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja 8
第7講:18世紀楽天主義 • 充満の原理/十分理由の原理は完全な決定論宇宙につながる (第5講参照) • そこから出たのが楽天主義。でも、ぜんぜん陽気じゃない。 • 神は善で、善を最大化するように行動する →よって現在以上に善の多い世界はあり得ない →よって現状以外はあり得ない • 悪に見えるものも実は善を最大化するために必要。 • この世はすでに最善なので、改良の余地はまったくない • 「もう世の中どうしようもないよ、改善の余地はまったくないよ」という悲観論 とまったく同じ。 • もちろん、ヴォルテールなどに思いっきりコケにされた。 クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
第8講: 18世紀生物学は充満と連続の原理が推進力! • 万物は連続している:だから生物種とかいろんな分類はインチキ! • いろんな「種」とかははっきり差があるように見えるが、ぼくたちの知識不足の証 拠でしかない • 動物と人間も連続:オランウータンを見よ、ホッテントットを見よ! • オランウータンなんてほとんど人間だろ? ホッテントットなんて人間とは言えない サルもどきだよな! だから実は連続してるんだよ! • もっと探せばミッシングリンクが見つかるはずだ! と博物学が進歩した。 • 顕微鏡で見るとすべては生命に満たされている:充満してるだろ! • 神さまが善性で世界を充満させた証拠! 倍率上げればもっと小さいのが出てくる。 • それに限界があるとか言ってる原子論者なんて、見下げ果てたバカね クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja 10
第9講:存在の連鎖の時間化 • すでにこの世は完璧で変化しないという発想はあまりに無理。 • ヴォルテールやサミュエル・ジョンソンにもさんざんにバカにされ た。 • そこで「いや常に完璧でなくてもだんだん完璧に向かうんだ」とい う時間化の試みが行われた。 • そのためには、万物に完璧になれる本質がないといけない • 「胚」がホムンクルスの入れ子みたいに創造時点であった! • すべては単一のプロトタイプの変形プロセスなんだ、という発想も 出てきた。 クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
第10講:ロマン主義と充満の原理 • 充満の原理は、啓蒙主義では「多様性のすべてを貫く一般性ある原理」を求める 動きの根拠となった。でもそれは均質主義に陥って硬直した。 • ロマン主義はそれに対する反発。そしてそれは充満の原理に大きく依拠していた。 普遍性、均質性に対する多様性、ちがい性の重視、というのがその基本原理。 その結果は? • 芸術や表現、文化その他の実に豊かな多様性をもたらした。これは大手柄。 • 一方で、ろくでもないものを大量に産んだ。 • 奇矯なだけの自己陶酔したナルシズムのかたまりを大量に生み出しちまったよ。バカな 連中は、普遍や一般性に逆らえばオリジナルになると思ってるが、甘いよ。 • 変なナショナリズムや原理主義、レイシズムも、自分たちのちがいにこだわる悪しき発 想の結果 • あと、革新、イノベーションの重視もこの影響 • しかし、多様性の重視は「充満の原理」「存在の連鎖」の最も大きな贈り物かも。 クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja 12
第11講 (最終回): 「存在の連鎖」史の結末とその教訓 • というわけで、この2000年にわたり、この「存在の連鎖」とい う観念が要所要所で西洋哲学や神学に大きく作用してきた。 しかし…… • 「完璧で現世とは無縁の神様」と「不完全なこの世を作る神 様」が両立しないことが、2000年かけてやっと明らかになった。 • 存在の連鎖とか、無意味な屁理屈でしかなかった! クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
世界なんてそんな、完全理性だの叡智だ の純粋論理世界じゃないのよ。 • よって……この「存在の連鎖」観念は結局破綻を運命づけられた、単 なるナンセンスではあった。 • ラヴジョイ先生の、己の研究対象に対する冷ややかな視点を見よ! • 「具体的な存在物の世界というのは、本質の領域のありのままの転写などでは ないのです。そして、純粋論理を世俗的な形に翻訳したものでもないのです— —それどころかそんな用語自体が、純粋論理の否定なのです」 • 「存在物の世界は、それがたまたま持っている特性や、内容の広がりや、多様 性を持っているのです。それがどんなものになるか、可能な世界のどれだけが そこに含まれるべきか、などということを、はるか永遠の昔から事前に定めて きたような理性的/合理的な根拠など、ありはしません」 クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja 14
が……それが復活してくるからたちが悪い • 「存在の連鎖」説が理屈の上ではまったく破綻しているのは明 らか。明らかすぎて、それが示されたら、もうこの発想自体が すぐ忘れ去られた。 • が……忘却されたために、平気で蒸し返すバカが出てくる。 • ベルクソン『創造的進化』なんて、さっき出た過激進化主義の焼き直 し! • ホワイトヘッドも流出論の焼き直しを平気でやってる。 • そういう哲学屋の「しつこい渇望」の表現を考えるにあたり、 こんな観念史の研究も意味あるかもね。 クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja 15
まちがっていても効用はあったかも。 • 世界に、理性と一貫性が貫徹しているという発想は、自然科学の探究を大きく力 づけた。絶対に答があるという確信をもたらした。 • その他、各種の抽象的な思考の発達にも貢献した。 • ただし、そうした貢献はあくまで副作用。この観念自体がバカげたものだったこ と、でもそれに西洋が囚われてきたことは忘れないようにしよう • その意味でも、こういう (明らかにナンセンスな) 観念の歴史をほじくりかえす のも、意味はあるかもしれないね。 おしまい。 クリエイティブコモンズ:表示 4.0 国際 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja 16