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March 09, 21
スライド概要
第一原理計算と、第一原理計算でよく用いられる密度汎関数理論について説明したスライドです。
第一原理計算と密度汎関数理論 @dc1394 2016/2/3 Rev. 1.993
はじめに このスライドは最初,第一原理計算と密度汎関数理論を, 「誰にでも」理解できるように,説明する目的で作り始めま した。 しかし残念ながら,著者の不勉強と理論の難解さで,とて も「誰にでも」理解できる内容にはなりませんでした。 また著者自身,密度汎関数理論を完全に理解できていな いので,間違っている部分があるかもしれません。 Richard P. Feynmanが言ったように,「高校生レベルの知識 層に説明して伝えることができなければ,その人は科学を 理解しているとは言えない。」のですが,このスライドが少 しでも皆様の理解の助けになれば幸いです。 なお,著者が特に尊敬している物理学者は,Wikipediaか ら拝借した写真を入れさせて頂きました。
第一原理計算とは 第一原理計算(おおむね物 理分野で使われる言葉であ り,化学分野では量子化学 計算とも呼ばれる)とは,実 験データや経験パラメーター を用いないで,Schrödinger方 程式(Dirac方程式)から物 性・化学反応予測を行うこと である。 左図はインフルエンザウ イルスのタンパク質と,イ ンフルエンザ治療薬のタ ミフルの結合系の第一原 理計算の結果 ( http://www.jst.go.jp/pr/ann ounce/20100324/ より引用)
計算例:ケイ素のバンド分散 第一原理計算の一例 (著者の計算結果)。 ダイアモンド構造のケイ 素について計算を行い, バンド分散を図に示した。 バンドギャップが存在し, 半導体である。
第一原理計算の例 第一原理計算(量子化学計算)によって現在研究 されている対象を幾つか列挙してみる。 HIV,インフルエンザなど難病のメカニズムの解明, 治療薬の開発 光合成,植物の窒素固定のメカニズムの解明 高温超伝導,高効率の太陽電池,燃料電池,蓄 電池に必要な素材・物質…など。 以上のような機構,薬品・素材・物質の構造や合 成法が,コンピュータ上のシミュレーションで,少 なくとも理論上は完全にわかる。 →しかし現状はそうなっていない,なぜか?
第一原理計算の課題 全く近似なしでまともにSchrödinger方程式を解くと, 計算量のオーダーは…見積もった人は(たぶん) いない(Dirac方程式はさらに複雑)。 Schrödinger方程式において,Born-Oppenheimer近 似(後述)の下で,配置間相互作用(Full CI)法を 用いた計算(非常に小さな系を除いて,現在最も 厳密に近い解が得られる計算法)では,計算量は おおむねO(N!)となる(少なめに見積もっても,aを 定数としてO(aN))。 ここで,Nはだいたい原子の個数と思ってよい(正 確には考慮する軌道の個数)。
第一原理計算の課題 1グラムの水でさえ1023個のオーダーの原子 を含むので,マクロな系については,世界中の スーパーコンピュータを全て用いても,現実的 な時間で結果を得ることは不可能である。 これは,Schrödinger方程式(Dirac方程式)が多 体問題であることに起因する。 Paul A. M. Diracの言葉:「物理の大部分と化学 の全体を数学的に取り扱うために必要な基本 的法則は完全にわかっている。これらの法則 を適用すると複雑すぎて解くことのできない方 程式に行き着いてしまうことだけが困難なので ある。」 Paul A. M. Dirac (1902-1984)
第一原理計算の課題 このスライドの主なテーマである密度汎関数理論でも, 計算量はO(N3)であり,マクロな系の計算を現実的な 時間で行うことは依然不可能である。 計算量が原子数に単に比例する,オーダーN密度汎 関数理論の開発も行われているが,今のところ最先 端の研究でも,地球シミュレータなどのスーパーコン ピュータを用いて,N~104の系が限界(「京」をフルに 用いればN~105,あるいはN~106の系を計算可能 か?) また,CPU単一コアの性能の向上が鈍化した現在,大 規模計算にはSIMD,マルチスレッド,マルチプロセス, GPGPUなどによる並列化が必要不可欠である。
Schrödinger方程式とは 量子力学の(非相対論的な)基 礎方程式で,1926年にErwin R. J. A. Schrödingerが提出。 単一粒子について,時間に依存 しない定常状態でのSchrödinger 方程式(最も解きやすい表式)は, Erwin R. J. A. Schrödinger (1887-1961)
Dirac方程式とは 原子番号の大きい元素を扱う際は,(特殊)相対論効 果が無視できない→Dirac方程式。 Dirac方程式:Fermi粒子に対する相対論的量子力学 の基礎方程式で,1928年にPaul A. M. Diracが提出。 単一粒子について,時間に依存しない定常状態での Dirac方程式は(pだけベクトルの表記をBoldにした), この方程式は4成分方程式であり,第一原理計算で は2成分相対論,スカラー相対論などで解く。 非常に難しいのでこのスライドではこれ以上扱いませ ん(著者も完全には理解していません)。
Hartree原子単位系 第一原理計算では,Schrödinger方程式の表式を簡潔 にするために,Hartree原子単位系が使用される (Rydberg原子単位系が使用されることもある)。 この単位系では,長さの単位はBohr半径a0 (1 [a0] = 5.29×10-11 [m]), 質量の単位は電子の質量me, 電荷 は電気素量e, エネルギーはHartree (1 [Hartree] = 4.36×10-18 [J] = 27.2 [eV])を用いる。 この単位系では,Dirac定数ℏと,Coulombポテンシャ ルの比例定数1 / (4πε0)が1となる。 単位を表す記号として,すべて atomic unit の省略形 である a.u. で表すことが多い。
水素原子に対するSchrödinger方程式 最も簡単な水素原子について,定常状態における Schrödinger方程式を以下に示す(以後,Hartree原子 単位系を用いる)。 電子の運動エネルギーポテンシャル ここで, Coulombポテンシャル この方程式は(少なくとも見かけ上は)単純であり,ま た解析的に解くことができる(しかし実際に解こうとす ると大変:参考「水素原子におけるシュレーディンガー 方程式の解 – Wikipedia」 http://bit.ly/12nEHqV )。 この方程式の解から,重要な情報がいくつも得られる。
Born-Oppenheimer近似 一般に第一原理計算では,電子と(原子)核の二 つの粒子の質量の大きな差(水素原子の場合, 電子:核=1:1837)から,Born-Oppenheimer近似 が用いられる。 この近似により,電子と核の運動を分離できる。 これは,電子が核に相対的に運動している間は, 核が「静止」していると見なすことに相当する。 通常,核の運動については,量子力学と古典的な Newton方程式を併用する(第一原理分子動力学 法,これも難しいのでこのスライドではこれ以上扱 いません)。
ヘリウム原子に対するSchrödinger方程式 次に,Born-Oppenheimer近似の下で,ヘリウム原 子に対するSchrödinger方程式を書いてみる。 電子1の運動 電子2の運動 電子1の 電子2の 電子1と電子2間の エネルギー エネルギー Coulombポテン Coulombポテン Coulombポテンシャル ポテンシャル ポテンシャル シャル シャル →この項が問題 この方程式は3次元×2=6次元の偏微分方程式 である(r1とr2は別の次元であることに注意)。 上記の方程式では省略しているが,本当は(電子 の)スピン次元も考えなければならない。
N電子系のSchrödinger方程式 ヘリウム原子の場合には,数値解法で無理矢理 解けなくもない。 しかし一般にN電子系では,3N次元(+スピン次 元)の偏微分方程式を解かなければならない(例 えば,リチウム原子では9次元,ベリリウム原子で は12次元,これにスピン次元が加わる)。 Nが大きくなると,数値解法で無理矢理解こうとす るのは明らかに無謀である。 →何かいい方法はないか??
Hartree-Fock法 多体問題に対処する一つの方法として,多体問題を 一体問題に帰着(一電子近似)させる,Hartree-Fock 法がある。 この方法は,摂動の高次項を計算することで,系統的 に解の精度を改良できるのが特長であり,化学分野 では一般的に用いられている(例えば,このスライド の三枚目で紹介した図の計算は,実はこの方法に よっている)。 物理分野でも,この方法で得た知見は,Hybrid-GGA などに生かされている。 このスライドでは,この方法についてこれ以上触れな い。多体問題に対処するもう一つの方法については, 以降で詳しく述べる。
密度汎関数理論 粒子(ここでは電子に限る)の存在確率を求めた い場合,3N次元波動関数ψ(r1, r2,..., rN)ではなく, 波動関数の絶対値の2乗である,3次元の電子密 度の関数ρ(r)のみで計算できる(Bornの確率解釈)。 ならば,ρ(r)を用いて他の物理量を求めることもで きるのではないだろうか? もしそうならば,複雑な3N次元波動関数ではなく, 3次元の電子密度の関数ρ(r)を求めればよい。 このような考えに基づいて,密度汎関数理論 (Density Functional Theory, DFT)が提出された。
Hohenberg-Kohnの第1定理 1964年,HohenbergとKohnは,この 定式化が実際に可能であることを 示した。 Hohenberg-Kohnの第1定理:エネル ギーのゼロ点の取り方を除いて, 基底状態の電子密度ρ(r)から外部 ポテンシャルv(r)が決定される。 これは,基底状態の電子密度ρ(r)と, 外部ポテンシャルv(r)が1対1対応す る,ということを述べている。 Walter Kohn (1923-2016)
Hohenberg-Kohnの第2定理 Hohenberg-Kohnの第2定理:どのような外部ポテ ンシャルv(r)に対しても成り立つ電子密度の汎関 数EHK[ρ](Hohenberg-Kohnの「普遍的な」エネル ギー汎関数)が存在する。 与えられた外部ポテンシャルの下で,この汎関数 は,基底状態の電子密度ρ0(r)で最小値を与え,こ れは系の基底状態のエネルギーと等しい。 よって,電子密度を変化させて,最小のエネル ギーを与える電子密度を探索すれば,基底状態 の電子密度を求めることができる。
Hohenberg-Kohnの第2定理 要するに,色々な電子密度ρ(r)があり得るが, EHK[ρ]に代入すれば,得られるエネルギーが最小 となるような電子密度が「正解」である。 従って,そのような電子密度ρ0(r)を何とかして探し 出せばよい,と言うことを言っている。
拘束条件付きの最小化 以上の議論をより数学的に定式化すると,全電子 数が一定であるという拘束条件 の下で,EHK[ρ]を最小化すれば,基底状態の電子 密度が求められる,ということになる。すなわち, Lagrangeの未定乗数法を使って,電子密度ρ(r)が 停留条件 を満たすとき,それは「正解」の基底状態の電子 密度であり,一意的に定まる。ここで,μは Lagrangeの乗数(物理的にはFermiエネルギーあ るいは化学ポテンシャル)である。
N表示可能性 ここで,二つの重要な疑問が生まれる。 一つ目の疑問は,「可能な密度全てを表現できる Fermi粒子系に対する,反対称波動関数を作るこ とができるであろうか?」というもので,これは「N 表示可能性」と呼ばれる。 これは「可能」である。 ただし密度にいくつかの制限を課す必要がある。 その制限とは, である。
v表示可能性 二つ目の疑問は,「(適当な)密度が,ある局所的 外部ポテンシャルv(r)に対する,基底状態の密度 となるようにすることは可能であろうか?」というも ので,これは「v表示可能性」と呼ばれる。 この疑問は,非常に興味深いことに,「不可能」で ある。つまり,どんなv(r)に対しても基底状態の密 度とならない,一見「もっともらしい」密度の多数の 例がある。 N表示可能性はv表示可能性の必要条件となって いる。
Levyの制限付き探索 変分原理において,前ページの議論を考慮すると, その密度ρ(r)がv表示可能かどうかを,その都度確 かめる必要がある,という結論に達する。 しかし,Levyは以下の式, を用いれば,問題なくHohenberg-Kohnの定理が成 り立ち,多数ある密度ρ(r) の中から,ρ0(r)を探索す ることができる,ということを示した。 これをLevyの制限付き探索と呼ぶ。
Levyの制限付き探索 Levyの制限付き探索の具体的な手順は,以下のよう になる。 まず,密度ρ(r)を固定して,そのような特定のρ(r)を与 える波動関数ψρの組の中で,T + Veeを評価し,その 値を最小化するようなψρを探す。そして,その最小値 をQ[ρ]と定義する。 次に,今度は密度ρ(r)を固定せずに, における左辺E[ρ]を最小化するようなρを探索する。 つまり,最小化を二段階に分けて行う。
Levyの制限付き探索 この方法によると,v表示可能なρ(r)の領域ではQ[ρ] は, と一致する。 一方,v表示可能な領域外でも,汎関数Q[ρ]が定義で きる。 この汎関数Q[ρ]を用いれば,ρ(r)がv表示可能な領域 にあるかどうかにかかわらず,Hohenberg-Kohnの第2 定理の変分原理が適用可能となる。 これは,以下のように例えることができる。 学校全体で一番背の高い生徒を見つけるのに,全員 を校庭に一列に並ばせる必要はない。単に,各教室 で一番背の高い生徒を校庭に呼び出して,一列に並 べれば良い。
汎関数 Hohenberg-Kohnの定理では,電子密度の「関数」では なく「汎関数」と言っている(その汎関数の表式につい ては何も言っていない)。 通常の関数は,入力は変数x, 出力は数値f(x)である。 しかし汎関数は,入力は関数f, 出力は数値I[f]である。 例えば, を考えると,Iは関数f(x)の形に応じて値を変えるので, 汎関数である(合成関数とは異なるので注意)。 関数はf(x)と,()の中に変数を書くが,汎関数はI[f]と, []の中に関数を書く。
「普遍的な」汎関数を求めることの難 しさ 「普遍的な」汎関数を見つけるための手段は,多体波 動関数を使ったもとの定義より他には,全く与えられ ていない。 また, 「普遍的な」汎関数のすべての部分は,電子数 の関数として非解析的な振る舞いをするであろう。 従って,そのような「普遍的な」汎関数の明示的な形 を求めることは困難である。 現在でも,「普遍的な」汎関数を求めるべく努力が続 けられているが,現状では近似式が用いられている。 個人的な意見:「普遍的な」汎関数を求めることは不可能に近いと思われる。よ しんば求めることができたとしても,それは非常に複雑で,計算量は結局,3N次 元のSchrödinger方程式を解くのと同じになるのではないだろうか?
局所密度近似(LDA) 「普遍的な」汎関数はわからないので,「同じ密度を 持っている均質で一様な電子ガス」を考える。 このような,「一様な電子ガス」に対する汎関数は,解 析的に求めることができる。 そして,実際に計算したい系も,「一様な電子ガス」の ように「局所的に」振る舞うと仮定する。 これはポテンシャルについて,「汎関数」を「一様な電 子ガス」から求めた結果の,普通の「関数」で近似して しまうことを意味する。 これを局所密度近似(Local Density Approximation, LDA)という。 厳密には上記は間違いであり,相関汎関数(後述)だけは解析的に求めるこ とは不可能である。
注意 以後の局所密度近似(LDA)の導出は難しいので 割愛します。 詳しく知りたい方は, R.G.パール, W.ヤング 『原子・分子の密度汎関数 法』シュプリンガー・フェアラーク東京(1996) を図書館で借りて読んでみて下さい(買うと高い です)。ただし内容はかなり難しいです(著者も理 解できていないところが多々あります)。 また,後で述べるThomas-Fermi方程式の導出につ いても,かなり端折ります。
Thomas-Fermi-Diracのエネルギー汎関 数 LDAの下で,多電子系に対するエネルギー汎関数 ETFD[ρ]を書くと以下のようになる。 電子-電子間の 交換エネルギー 運動エネルギー (電子-核間の) Coulombエネル Coulombエネルギー ただし, ギー (Hartreeエネルギー) これはThomas-Fermi-Diracのエネルギー汎関数と呼ば れる。そのためTFDというラベルを付けている。
交換相互作用 交換相互作用は電子のような同種Fermi粒子の間 で働く相互作用の一つである。 古典力学による交換相互作用の説明はできない。 典型的な量子力学の効果として説明される。 交換相互作用によるエネルギーを,交換エネル ギーといい,交換相互作用によるポテンシャルを 交換ポテンシャルという。
Thomas-Fermiエネルギー汎関数 電子-電子間の 交換エネルギー 運動エネルギー (電子-核間の) Coulombエネル Coulombエネルギー ギー (Hartreeエネルギー) 第一近似として,交換エネルギー項を無視するな ら, となる。これはThomas-Fermiエネルギー汎関数と 呼ばれる。そのためTFというラベルを付けている。
Thomas-Fermi方程式を導く 実際に,原子に対するETF[ρ]を考えてみよう。原子 では, である(ここでZは原子番号)。 ここで,ETF[ρ]をρで汎関数微分すると,対応する Euler-Lagrange方程式が得られ, である。ここで,μTFは化学ポテンシャル,φ(r)は古 典的なCoulombポテンシャルであり, である。
Thomas-Fermi方程式を導く 中性原子を考えると,μTF = 0とならなければなら ない。従って, である。これから, である。ここで,古典的な電磁気学のPoisson方程 式をこの原子に適用すると, である。
Thomas-Fermi方程式を導く 上記の二つの式を連立させ,変数変換を施すこと によって,最終的に を得る。この非線形常微分方程式はThomas-Fermi 方程式と呼ばれる。ここで, である(原子は球対称であることを用いた)。
Thomas-Fermi方程式を解く 上記のThomas-Fermi方程式は,非線形常微分方 程式であり,解析的には解けない。 従って,何らかの方法によって数値的に解く必要 がある。 著者は有限要素法(Finite Element Method, FEM) によって,数値的に解いた。 詳細は,Thomas-Fermi方程式のFEMによる解法 ( http://www.slideshare.net/dc1394/no-127060987 )を参照のこと。
Thomas-Fermiモデルの問題 残念ながら,Thomas-Fermi方程式の解から与えられる 結果(以下T-Fモデルと呼ぶ)は正しくない。 T-Fモデルの中性原子のエネルギーはおおむね0.7687Z7/3 (Hartree)となる(ここでZは原子番号であ る)。 ここで水素原子について考えれば,Schrödinger方程 式を解析的に解くことによって得られる,厳密な基底 状態のエネルギーは-0.5 (Hartree)であるが,T-Fモデ ルは54%も過大な値を与える。 その他の原子についても同様であり,ヘリウム原子で は35%,クリプトン原子では20%,そしてラドン原子 では15%過大な値を与える。
T-Fモデルの問題 T-Fモデルは,エネルギーのみならず,(電子)密度そのも のにおいても,物理的に誤った結果を与える。 水素原子におけるThomasFermi密度と厳密な密度 密度が原点 で発散 水素原子におけるThomasFermi密度と厳密な密度(y軸 対数目盛) 密度が指数 関数で減衰 しない
T-Fモデルの問題 厳密な密度は,遠方で指数関数で減衰するが,TFモデルの密度は,遠方で距離rの6乗に反比例し て減衰する。 また,動径方向の電荷分布を示すr2ρ(r)も,原子 の正確な振る舞いを再現していない。 水素原子における動径方向のT-Fモデルでの電荷分布と厳密な電荷分布
T-Fモデルの問題 水素原子について,T-Fモデルにおける電荷分布 と,厳密な電荷分布を三次元プロットで示した。 T-Fモデルは,厳密な電荷分布を再現していない。 T-Fモデルの電荷分布 厳密な電荷分布
Thomas-Fermi-Diracモデル Thomas-Fermi-Diracモデルでも,これは改善されな いばかりか,もっと悪くなる。 電子-電子間の 交換エネルギー 運動エネルギー (電子-核間の) Coulombエネル Coulombエネルギー ギー (Hartreeエネルギー) 交換エネルギーは正であるので,与えられた電子 密度に対して,ETFD[ρ]はETF[ρ]よりもさらに,負の方 向に大きくなる。
Thomas-Fermiモデルの改良と限界 Thomas-Fermiモデルの欠点を解決するため,改良さ れたモデルがいくつか提唱されている。 修正Thomas-Fermiモデル:Thomas-Fermiモデルの電子 密度は原点で不連続であるが,これを原点で連続に なるように改良する。 Thomas-Fermi-Dirac-Weizsackerモデル:Thomas-Fermi(Dirac)モデルでは,原子(や分子)の電子密度の非一 様性を考慮していなかったため,精度が悪かった。そ こで,Thomas-Fermi運動エネルギーに対して,密度勾 配補正(Weizsacker補正)を加えて改良する。 …が,いずれも根本的な解決にはなっていない。
高次の密度勾配補正の限界 Thomas-Fermi運動エネルギーに対する,密度勾配補 正は,1粒子のGreen関数のWigner変換を半古典的 にℏ展開することで得られる(Weizsacker補正は2次の 密度勾配補正である)。 一見すると,高次の密度勾配補正を行えば,より高い 精度が得られるように思えるが,原子や分子の場合 には,これが正しいのは4次までである(6次の密度勾 配補正は発散してしまう)。 従って,この処方で精度を上げることは,見たところほ とんど不可能であり,代わりに現在では,次ページ以 降で述べるKohn-Sham法が使われている。
Kohn-Sham法 これまでのモデルのそもそもの問題点は,運動エ ネルギー汎関数T[ρ]の近似が粗すぎることにあっ た。 そこで,KohnとShamは1965年に,T[ρ]に対する, 巧妙な間接的アプローチを提案した。 この方法をKohn-Sham法と呼び,この方法によっ て,密度汎関数理論は,厳密な計算を行うための 実際的な道具となった。
Kohn-Shamの補助系 KohnとShamは,相互作用のある現実の系を,仮想 的な,「それと同じ密度を与える,相互作用のない 系の問題に置き換えて考える」ことを提案した。 これをKohn-Shamの補助系(Kohn-Sham auxiliary system)という。 この仮想的な系は,相互作用のない粒子からでき ているが,この系の基底状態の電子密度は,現実 の系の基底状態の電子密度と,全く同じである。 言い換えれば,この仮想的な系は,同じ密度(と 全エネルギー)を与える別の系である。
Kohn-Sham法の疑問 相互作用のある電子系の基底状態の密度はどの ようなものでも,相互作用のない電子系の基底状 態の密度として厳密に再現できるのだろうか?? これは「相互作用のないv表示可能性」と呼ばれる。 この疑問に対する一般的な証明はない。 にもかかわらず,計算結果は非常に「理にかなっ て」いるように見えるので,Kohn-Sham法は正しい とされている(あるいは少なくともそう仮定されて いる)。 個人的には,なぜ「理にかなった」計算結果が得られるのか,非常に不 思議です。一般的な証明の論文が出たら,ぜひ読んでみたいです。
Kohn-Sham方程式 KohnとShamは,以上のような定式化に基づき,以 下の方程式を導いた。 運動エネルギーポテンシャル KS有効ポテンシャル (エネルギー)固有値 これは,Kohn-Sham方程式と呼ばれる(簡単のた めスピン次元は省略した)。ここで,veff(r)は, 電子による古典的なCoulomb 交換相関ポテン KS有効ポテンシャル (核による)外部 ポテンシャル ポテンシャル(Hartreeポテン シャル シャル) である。
相互作用のない系の意味 Kohn-Shamの補助系において,「相互作用のない系」 とは,電子-電子間の相互作用を全て無視する,と いう意味ではない。 例えば,他の電子から受ける古典的なCoulomb相互 作用は,Kohn-Sham方程式において,Hartreeポテン シャルとして取り入れられている。これは,電子の平 均的な電荷分布から生じる静電ポテンシャルである。 ところで,Kohn-Sham方程式には,直接的な電子-電 子間の相互作用の項が含まれていない。 結果として,Kohn-Sham方程式は一粒子に対する Schrödinger方程式の形をしている(一粒子近似)。こ れを「相互作用のない」と呼んでいる。
Kohn-Sham方程式の解法 Kohn-Sham方程式は,以下のような非線形連立偏 微分方程式であり,反復計算法によって解かなく てはならない。これを自己無撞着場の方法(SelfConsistent Field Method, SCF法)という。 この反復を,入力 と出力が一致する まで行う (=SCFの達成)。 このとき,全電子 エネルギーEKS[ρ] は最小値をとる。
Kohn-Sham方程式の固有値と固有関 数の物理的意味 Kohn-Sham方程式の(エネルギー)固有値は,相互作 用していない仮想的な系の固有値であるので,直接 には(たった一つの例外を除き)どんな物理的な意味 も持っていない。 従って,Kohn-Sham方程式の固有値を実際の系のも のと見なすことはできない。 しかし,それはしばしば実験値と比較される。 なお,「たった一つの例外」とは有限の系の最も高い 固有値であり,これは系のイオン化エネルギーの符 号を変えたものと等しい。 また,固有関数(波動関数)においても,同じことが言 える(こちらは例外なく)。
Kohn-Sham法の全エネルギー 密度ρ(r)が求まったならば,N電子系のKohn-Sham 法の全電子エネルギーEKS[ρ]は以下の式で求めら れる。 各軌道の固有値の総 電子-電子間のCoulombエ 交換相関エネルギー おつりの項 和 ネルギー (Hartreeエネルギー) すでに述べたとおり,SCFが達成されたとき, EKS[ρ]は(大局的な)最小値をとる。 全電子エネルギーは,各軌道の固有値の総和と ならないことに注意。
Janakの定理 「Kohn-Sham方程式の固有値を実際の系のものと 見なすことはできない」が,それはまた「実験値と 比較される」と述べた。 これは,Kohn-Sham法において成り立つ,以下の Janakの定理により,ある程度正当化される。 ここでniは,軌道を電子が占有し,非整数による占 有が可能とした場合の軌道の占有数である。
Janakの定理 イオン化エネルギーを,i番目の軌道から,電子を 1個取り去るためのエネルギーだと定義する。 ここで,Hartree-Fock法におけるKoopmansの定理 によれば, であり,この-εiは,イオン 化エネルギーと等しい。 ここで,ENはN個の電子からなる系の基底状態に おける全エネルギーであり, EN-1は,その系から 電子を1個取り出した場合,つまりN-1個の電子か らなる系の全エネルギーである。 ただし,電子を取り去ることに対し,一電子波動関 数は不変であると仮定している。
Janakの定理 ここで,上式の左辺は差分ではなく微分になって おり,このため,エネルギー固有値εiはイオン化エ ネルギー(の符号を変えたもの)であるとは言えな い。 しかし同時に,差分と微分の差が小さいと仮定す れば, Kohn-Sham法においても,エネルギー固有 値を,イオン化エネルギーと見立てても良いとい うことになる。 こうして, 「実験値と比較する」ことが,ある程度正 当化される。
交換相関ポテンシャル すでに紹介したように,同種Fermi粒子の間で働く相 互作用の一つである,交換相互作用によるポテン シャルを交換ポテンシャルという。 また,運動エネルギー,Coulomb相互作用,そして交 換相互作用以外の全ての相互作用を相関相互作用 といい、相関相互作用によるポテンシャルを相関ポテ ンシャルという。 交換ポテンシャルと相関ポテンシャルを合わせて,交 換相関ポテンシャルと書くことも多い。 Kohn-Sham法において,相関ポテンシャルには,「相 互作用のある」実際の系の運動エネルギーによるポ テンシャルと,「相互作用のない」仮想的な系の運動 エネルギーによるポテンシャルの差も含まれる。
相関相互作用について 相関相互作用によるエネルギー(相関エネルギー)は, 系にもよるが,概ね全エネルギーの1%程度に過ぎな い。 しかし,この相関相互作用を無視することは,しばし ば非物理的な結果をもたらす。 そして, 相関相互作用が重要である「強相関電子系」 と呼ばれる系(高温超伝導体がその一例)は,現在の 標準的な密度汎関数理論では,正確に物性を記述で きない(DFT+Uと呼ばれる方法もあるが,根本的な解 決にはなっていない)。 相関相互作用は,多体問題の理論における主要な問 題の一つであり,多大な研究努力が今なお続けられ ている。
交換相関汎関数 厳密な交換相関汎関数を探す試みは,未だに密 度汎関数理論における最大の挑戦課題である。 すでに紹介した局所密度近似(LDA)は最も簡単 な近似である。これに電子のスピンを考慮したも のを局所スピン密度近似(Local Spin Density Approximation, LSDA)という。 さらに,L(S)DAを密度の勾配∇ρ(r)を用いて補正し たものを一般化勾配近似(Generalized Gradient Approximation, GGA)という。
交換相関汎関数 この他,GGAを二次密度勾配∇2ρ(r)と運動エネ ルギー密度τ(r)を使って補正したmeta-GGAや, hybrid-GGAなどがある。 さらに,L(S)DA, GGAなどとひとくくりにされるグ ループの中にも,様々な表式が存在する。 従って,交換相関汎関数には様々なバリエーショ ンが生まれる。 これは,交換相関汎関数の厳密な表式(おそらく 非常に複雑なもの)を得るのがいかに難しいかを, 暗に示しているように思われる。
例:Kohn-Sham法で計算した水素原子 の電子密度 水素原子に対して,Kohn-Sham方程式を解き,得られた電 子密度を厳密な電子密度と比較した。なお,交換相関汎 関数にはGGA-PBEを用いた。 T-Fモデルの電子密度よりも,はるかに厳密な電子密度と 近いことが分かる。 水素原子におけるKohn水素原子におけるKohnSham密度と厳密な密度 Sham密度と厳密な密度(y軸 対数目盛)
例:Kohn-Sham法で計算した水素原子 のエネルギーと電荷分布 GGA-PBE交換相関汎関数を用いた場合,KohnSham方程式を解いて得られる水素原子の基底状 態のエネルギーは,-0.49999 (Hartree)であり,こ れは厳密な値の99.998%である。 また,動径方向の電荷分布を示すr2ρ(r)は,原子 の正確な振る舞いをほぼ再現している。 水素原子における動径方向のKohn-Sham法での電荷分布と厳密な電荷分布
例:Kohn-Sham法で計算した水素原子 の電荷分布 水素原子について,Kohn-Sham方程式を解いて得 られる電荷分布と,厳密な電荷分布を三次元プ ロットで示した。 Kohn-Sham法は,厳密な電荷分布を再現している。 Kohn-Sham法による電荷分布 厳密な電荷分布
交換相関汎関数(参考サイト,文献) このスライドでは,様々な交換相関汎関数について, これ以上説明することは止めておきます(何より著者 自身が,具体的な交換相関汎関数の物理的背景を 全くといっていいほど理解できていない)。 交換相関汎関数についてより詳しく知りたい方は,ま ずは理化学研究所の方が書かれたスライドを読んで みることをおすすめします ( http://www.riken.jp/qcl/members/tsuneda/web/dft0 5-sec2.pdf )。 この方が書かれた本も非常に参考になります:常田 貴夫 『密度汎関数法の基礎』講談社(2012) これも買うと高いので,興味のある方は図書館で借り て読んでみることをおすすめします。
第一原理計算における計算手法 ここまで,密度汎関数理論(とKohn-Sham法)の概 略を紹介してきた。 現在行われている第一原理計算では,たいてい Kohn-Sham方程式を基礎方程式として,これを解く ことで何らかの意味のある物理量を得ている。 第一原理計算で用いられる,それ以外の方法とし ては,例えば量子モンテカルロ(Quantum Monte Carlo, QMC)法が挙げられる。この方法は,電子 の多体問題をより直接的に扱うため,精度は高い が計算コストも高い。 また,GW近似といわれる方法も存在する。
第一原理計算におけるさらなる工夫 第一原理計算において,実際にKohn-Sham方程式 を解くには,さらなる工夫が必要である。 この工夫とは,例えば基底の導入(平面波基底, Gauss関数基底,数値基底,有限要素基底など) や,擬ポテンシャルの導入などである。 さらに,この他にも様々な手法,例えばFP-LAPW (Full-Potential Linearized Augmented Plane Wave) 法,FP-LMTO (Full-Potential Linear Muffin-Tin Orbital)法,KKR (Korringa-Kohn-Rostoker)法などが ある。
第一原理計算ソフトウェア一覧 このような手法の違いにより,第一原理計算ソフト ウェアも,様々なものが存在している。 具体的なソフトウェア名は,例えばWikipediaの項 目( http://bit.ly/16bblUu )や,CMSI webの記述 ( http://bit.ly/16bbnvr ),あるいはPsi-k ( http://bit.ly/16bbszl )を参照のこと。 この他にも,研究室で開発されているが,外部に 非公開のソフトウェアが多数あるのは間違いない。 実際,著者が某研究室に在籍していたとき,その 研究室のソフトウェアは内部のみの公開であった。
第一原理計算で得られる情報 固有関数(Kohn-Sham法では,厳密には波動関数と見 なせない) バンド分散,状態密度,Fermi面,バンドギャップ 平衡格子定数,体積弾性率 電荷解析(Mulliken電荷,Voronoi電荷, ESPフィッティ ング等) 分極(これは難しい問題,「Berry位相」の第一原理シ ミュレーションもされている) 電気伝導特性,磁性 フォノン分散 …など,他にも多数
第一原理計算を試してみたい方へ 本格的に第一原理計算をするなら,自作するより既存のソフト ウェアを使った方がよい。 しかし,「第一原理計算を行う」ことと,「第一原理計算を理解す る」ことは別である。 一般に,たとえGPLライセンス等のオープンソースなソフトウェア であっても,ソースコードの全てに目を通し,また理解するのは困 難。 しかし,「第一原理計算を理解する」ためには,これは必要なス テップである(少なくとも、ソースコードの内容を理解する努力は 必要である)。 結局,既存のソフトウェアを使用することは,「入力ファイルを編集 して,バイナリを実行するだけ」となってしまう。 個人的には,第一原理計算(とそのコードの構造)を理解するには,既存のコードを参 考にしつつ,自分でコードを書いてみるのが一番手っ取り早いかなと思っています。
第一原理計算を試してみたい方へ 最近では,小規模な分子・固体といった系なら, PC上で計算できるようになった。 しかし,大規模な分子・固体といった巨大な系の 計算には,未だに大量のCPUコアとメモリを必要と する。 従って、そのような系の計算は,スーパーコン ピュータ(HPC)上で行われる。 しかし,それでも長い計算時間が必要(自分の経 験から言えば,少なくとも数日から一週間)。
参考文献 R.G.パール, W.ヤング 『原子・分子の密度汎関数 法』シュプリンガー・フェアラーク東京(1996) R.M.マーチン 『物質の電子状態 上』シュプリン ガー・ジャパン株式会社(2010) R.M.マーチン 『物質の電子状態 下』シュプリン ガー・ジャパン株式会社(2012) J.M.ティッセン 『計算物理学』シュプリンガー・フェ アラーク東京(2003)
参考サイト 1.5 密度汎関数法 - 講義資料: http://www.riken.jp/qcl/members/tsuneda/web/p ages/siryo/qchem3-5.pdf 「密度汎関数法とは」(分子研・2005年12月): http://www.riken.jp/qcl/members/tsuneda/web/df t05.html 第一原理計算と密度汎関数理論: http://www.cmp.sanken.osakau.ac.jp/~koun/Lecs/dft.pdf 第一原理バンド計算 - Wikipedia: http://bit.ly/16b9EpT
参考サイト 第一原理計算入門: http://www5.hpez.com/hp/calculations/page1 5月11日:密度汎関数理論 波動関数的世界観か ら密度的世界観へ - 物性物理学IA 平成19年度 前期東京大学大学院講義: http://takada.issp.utokyo.ac.jp/CMPIA-05-07.pdf バンド計算関連用語集 – Important glossary for electronic structure calculations: http://www.geocities.co.jp/technopolis/4765/INTR O/yogo.html
参考サイト A LDA+U study of selected iron compounds – SISSA: http://www.sissa.it/cm/thesis/2002/cococcioni.pdf 上記はLDA+U(DFT+Uの一種)についての論文(英 語)ですが,第一原理計算(そして平面波基底と 擬ポテンシャル)について,一通りのことがまと まっていて,非常に良い論文です。
参考サイト 「おまけ」で,前ページで紹介した論文を,著者が 和訳したもののURLを載せておきます(ただし第二 章の途中まで。間違っている場所が多数あると思 うので,あくまで「参考」に)。 第一章: http://www.slideshare.net/dc1394/aldau-study-of-selected-iron-compounds 第二章: http://www.slideshare.net/dc1394/aldau-study-of-selected-iron-compounds-26424474