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December 05, 25
スライド概要
2006年に学生研究集会で講演した上記タイトルの資料を大幅に更新して、某公共機関にて講演することになりました。タイトルの通り、査読の仕組みの例を理解し、それを踏まえた上で論文投稿時に留意する点の例をまとめました。
お茶の水女子大学 共創工学部文化情報工学科/理学部情報科学科 教授
Itoh Laboratory, Ochanomizu University 査読の仕組みと 論文投稿上の対策 伊藤貴之 お茶の水女子大学 教授 共創工学部文化情報工学科/理学部情報科学科 2025年12月19日
Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 本資料は以下の資料を更新したものです – 2006年9月 某研究分野の学生研究合宿での講演資料 – 2025年12月 某公共機関での研修資料 – その他、著者自身によるゼミ資料など • 本資料は著者の「情報科学分野」の経験にもとづいています – 他の分野では習慣が異なる点が多々あることに注意の上で 本資料をお読みください 1
講演者の経歴 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 1992年 早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了 日本アイ・ビー・エム(株)入社・東京基礎研究所配属 – 1997年 博士(工学) – 2000年 米国カーネギーメロン大学客員研究員 (半年間) – 2003年 京都大学情報学研究科COE研究員(2年間) • 2005年 日本アイ・ビー・エム(株)退職 お茶の水女子大学 助教授(准教授) – 2011年 同大学教授 シミュレーション科学教育研究センター長 – 2019年 文理融合AI・データサイエンスセンター長 2
講演内容 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 査読とは • 論文が採録されない主な理由 – 多くの学会が公開する不採録理由・採録条件 – もう少し具体的な、現実の不採録理由 • 査読結果に対する著者の行動例 • 採録される論文を書くために • その他 3
査読とは Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 研究者が学会に論文を投稿する際に、同じ分野で仕事 をしている他の研究者による評価を受けること – 論文の質、ひいては会議や論文誌の質を保証する役割を担う • 査読の結果「採録」と判定された論文のみが、世の中に 発表される – 「採録」以外の判定には、「不採録」「返戻」や、 「条件付採録」「再判定」などがある • 研究者は「査読つき論文」の数で評価を受ける機会が 多々ある – 学位審査、就職、昇進、、、 4
査読結果の種別 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 採録 (accept) – 発表・掲載しましょう、という判定 • 条件付採録 (minor revision) – 次回の再提出時に、以下の条件を全て満たすように書き直してあれ ば、次回採録しましょう、という判定 • 再判定 (major revision) – 次回の再提出時に、以下の意見を全て考慮して書き直してあれば、 再検討しましょう、という判定 – 日本では「再判定」という判定を出す学会は少数派? • 不採録 (reject) – 発表・掲載できません、という判定 – 不採録の理由が詳細に記載されている ※採録条件や不採録理由とは別に、判定結果を問わず、 「論文をよくするためのコメント」が付記されることが多い 5
学会投稿の種類と査読の有無 Itoh Laboratory, Ochanomizu University 口頭発表 論文誌・雑誌 日本語 英語 代表的ないくつ かの会議にある ほとんどある ほとんどある ほとんどある (分野による) ※あくまでも講演者の研究分野での慣習であり、研究分野が異なれば慣習も異なります 6
投稿先による査読システムの違い Itoh Laboratory, Ochanomizu University 口頭講演 ◼ 査読は1回のみ・「採録」「不採録」のいずれか 新しさを競う傾向が強い ◼ 査読は2回以上 ◼ 論文誌・雑誌 「採録」「不採録」のほか「条件付採録」「再判定」などがある ◼ 国内 • 査読者2人制が主流 • 論文誌の査読回数は大半が2回のみ ◼ 国外 完成度を問われる傾向が強い 査読者が3人以上の場合も多い 「再判定」とされたときの条件が膨大になる場合もある ◼ 論文誌の査読回数が3回以上ある場合もある 極端な例として、提出から掲載まで8年かかった論文 ※あくまでも講演者の研究分野での慣習であり、研究分野が異なれば慣習も異なります 7
査読の典型的な流れ(概要) Itoh Laboratory, Ochanomizu University 著者 事務局・論文委員長など 論文委員 論文委員 論文委員 論文委員 査読者 査読者 論文委員 事務局・論文委員長など 著者 1) 事務局などが投稿論文を 著者から受理し、手続きを開始する 2) 論文委員の1人がその論文の 担当者として指名される 3) 論文委員は複数の査読者を選定し、 受理した論文の判定を依頼する 4) 論文委員は査読者の判定を収集し その論文の結果を決定する 5) 事務局などを通して 判定結果を論文著者に告知する 8
査読の流れ(1) 論文の受理 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 事務局や論文委員長が論文を受理しチェックする – 投稿システムが論文受理の自動メール送信をすることが多い • 例えば以下のような論文は即時返戻 (desk reject) される – 書式の指定を大きく逸脱している – 内容があまりにも薄い – 対象学問分野から大きく離れている – その他、査読するに値しないほど大きな問題がある • それ以外の論文は次のプロセスに進む ※あくまでも講演者の研究分野での慣習であり、研究分野が異なれば慣習も異なります 9
査読の流れ(2) 担当論文委員の割り当て Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 投稿される多数の論文を担当者に割り当てる – 論文委員、メタ査読者、プライマリ査読者など多様な呼び方がある • 主に査読付き会議の場合 – 大量の論文が期限日までに一斉に投稿される – 各委員に担当希望論文を立候補 (bidding) してもらう – 立候補結果にもとづいて委員長が論文を割り当てる (査読システムの自動割り当て機能を使うことが多い) • 主に雑誌(ジャーナル)の場合 – いつでも投稿可(特集等を除く) – 論文が投稿されるたびに、研究分野と担当論文数を勘案して 委員長が任意の論文委員に担当を割り当てることが多い ※あくまでも講演者の研究分野での慣習であり、研究分野が異なれば慣習も異なります 10
査読の流れ(3) 査読者探し Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 担当論文委員は数名の査読者を探して査読を依頼する – 査読システムの検索機能を用いる、検索エンジンで適任者を探す、 知人に頼む、などなど… • 承諾してくれた査読者を登録し、投稿論文を共有する • 査読者からの査読内容を受理する – 期限を過ぎても査読が返ってこないときは催促する (システムによっては催促の自動メール送信がある) – 受理したら内容を確認する ※あくまでも講演者の研究分野での慣習であり、研究分野が異なれば慣習も異なります 11
査読の流れ(4) 査読結果判定 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 主に査読付き会議の場合 – 各論文の査読結果案について論文担当委員と査読者で審議し、 できるだけ合意した形で査読結果案を提出する – 委員長が複数いる場合には、全論文の査読結果案を集めて、 どの論文を採録するかを選出するための会議を開く – 全論文の採否結果を一斉に著者に送信する • 主に雑誌(ジャーナル)の場合 – 論文担当委員が各査読者の判断を通読し、総合的に判断して 査読結果案を提出する – 査読結果案を委員会で審議し、問題がなければ著者に送信する (雑誌によっては委員会での審議が省略されることもある) ※あくまでも講演者の研究分野での慣習であり、研究分野が異なれば慣習も異なります 12
査読の流れ(5) 再提出論文 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 条件付採録や再判定の論文が再提出されたら – そのまま前回と同じ論文担当委員に割り当てられる – 論文担当委員が単独で再判定する場合もあれば、 もう一度同じ査読者に査読を依頼する場合もある • 追加条件を付けない原則 – 原則として1回目査読の条件や再判定理由を満たせば採録 (1回目査読で見逃したことを2回目査読で条件に追加することはない) – 再提出論文での対応の結果として発覚した問題がある場合 それを指摘されて悪い方向に2回目査読が進む可能性はある ※あくまでも講演者の研究分野での慣習であり、研究分野が異なれば慣習も異なります 13
講演内容 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 査読とは • 論文が採録されない主な理由 – 多くの学会が公開する不採録理由・採録条件 – もう少し具体的な、現実の不採録理由 • 査読結果に対する著者の行動例 • 採録される論文を書くために • その他 14
いくつかの論文誌の公開不採録理由の例 (1) Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 論文の体裁をなしていない – 研究分野が学会の範疇を大きく外れている – 本質的な誤りがある – 形式的な意味での完成度が低すぎる • 新規性を認められない – 主張点が公知・既発表のものに含まれている – 主張点が公知のものから容易に思いつく – 主張点のどこが新規性であるか不明 15
いくつかの論文誌の公開不採録理由の例 (2) Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 有用性を認められない – 実用性・意義がわからない – その他の理由により、読者の参考にならない • 信頼性を認められない – 書き方、議論の進め方などが不明解 – 内容が信頼できるような根拠が示されていない • 条件付採録で示した採録の条件が満たされていない – 全ての採録条件に対応していない – 採録条件に対応した内容が不十分である – 採録条件に対応した結果として別の大きな問題が生じた 16
もう少し具体的な不採録理由を知りたい Itoh Laboratory, Ochanomizu University 公開されている採録基準や不採録理由は、概して抽象的である もっと具体的なことが知りたい… 具体的な不採録理由をサーベイするために… ある論文委員会の数年間のメールを読み返した ◼ 必ずしも全ての学会に該当する内容ではないことに注意 (例) ごく短い原稿の査読には該当しない (例) 海外学会の査読とは異なる部分もある 以下、ある論文委員会での不採録理由の事例を紹介する 17
論文の体裁をなしていない (1/3) ※ある論文誌での不採録理由の具体的な事例から Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 研究分野が学会の範疇を大きく外れている – (例1) 情報技術に関する社会問題 – (例2) 情報技術を応用した芸術作品の評論 • 本質的な誤りがある – 信頼性のある既存理論との矛盾、数式の誤り、 実験結果の解釈の誤りなど • 形式的な意味での完成度が低すぎる – 規定された形式的な規則にしたがっていない – 2,3個のミスならコメントとして指摘されるだけだが、あまりに不具合が 多いとそれを理由に不採録になる 18
論文の体裁をなしていない (2/3) ※ある論文誌での不採録理由の具体的な事例から Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 形式的な意味での完成度が低すぎる(続き) – (例1) 図題・表題・図番号・表番号などの記載が誤っている • 経験的に言ってMS WORDで書いた論文に多い – (例2) すべての図表が本文から引用されていない – (例3) すべての参考文献が本文から引用されていない – (例4) 参考文献の記述が規定や習慣にしたがっていない – (例5) (日本語・英語に限らず) 誤字や誤用が多い • 文章の校正は査読以前の問題である ※現代では生成AIに校正を頼めばある程度解決できる 19
論文の体裁をなしていない (3/3) ※ある論文誌での不採録理由の具体的な事例から Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 論文の構成上の問題 – タイトルやアブストラクトの内容が… • 提案手法や実験例の内容と、大きくずれている • 視野が大きすぎて、それに対して十分な内容を本文で示していない – 文章のセクション分けがおかしい • 後半まで読まないと前半も理解できない • 大きすぎる(または小さすぎる)セクション構成 – 各セクションの文章量のバランス • 序章や関連研究の文章が多すぎる or 提案手法の文章が少なすぎる • 提案手法に直接関係ない方向に論旨がそれる • 文章上の問題 – 多くの読者にとって意味が通じない – 単語の定義の曖昧さ、同義語の乱用など 20
新規性を認められない (1/2) ※ある論文誌での不採録理由の具体的な事例から Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 多くの人にとって容易に思いつく内容である • 既発表の関連研究と本質的に同等である – 著者が重要な関連研究を知らないか、 知っていてあえて目をつぶっているか… • 参考文献不足のため関連研究に対する新規性を示せてない – 参考文献が少なすぎる – 海外にも関連研究が多いのに参考文献が日本語論文ばかりである – 関連の薄い参考文献ばかりで、本当に比較すべき研究が引用されて いない 21
新規性を認められない (2/2) ※ある論文誌での不採録理由の具体的な事例から Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 提案手法の「他手法との違い」が書かれていない – 他手法が参考文献にあるものの、それと提案手法の違いがない • 提案手法の「他手法との違い」は書かれているが… – 他手法に比べて優れている点が全く見当たらない – 他手法に比べて優れている点の議論が不十分 • 提案手法の新規性が実行結果から伝わらない – 単に「やったこと」を示すだけの実験結果になっている 22
有用性を認められない ※ある論文誌での不採録理由の具体的な事例から Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 実用性に関する問題点 – どのような目的での利用に向いた手法か、といった議論がない – 非現実的な前提・環境に基づいた手法である • 実験結果に対する問題点 – 特定の実験環境に依存が高く、読者が再現できない – 現実の問題と比べて実験が簡易(または小規模)すぎる – 理論上正しい実験結果が出ていたとしても、読者に魅力を感じさせる ものになっていない • 読者にとって参考になる点がない 23
信頼性を認められない (1/2) ※ある論文誌での不採録理由の具体的な事例から Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 論旨がつながっていない – 単語や数式の定義が不十分である – 数式中の同一文字が複数の意味で定義されている – 参考文献を熟読しないと話が通じない – そのほか、文章表現の曖昧さ、細かい誤りなど • 結論や主張の「根拠」が示されていない – 単に「…である」という結論しか書かれていない – 数式や図表がないと不十分な場合もある • 理論的考察が甘い – 提案された数式やアルゴリズムが、必ずとも成り立つとは限らない – 「何が可能」で「何が不可能」で「何が制約条件」かの議論が足りない 24
信頼性を認められない (2/2) ※ある論文誌での不採録理由の具体的な事例から Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 実験結果に疑問がある – 実行例が1個しかなく、「たまたま上手くいっただけ」という印象を与え かねない – 被験者が必要な実験において、被験者数が少なすぎる – 主観評価が必要な実験において、主観評価の根拠に欠ける • 例えば専門家に鑑賞してもらう、などの実験が必要なこともある – 実験環境に関する説明がない・実験環境が不適当である • 例えば計算速度を争う論文において、計算機環境が説明されていない – 実験結果に関する数値目標などの基準がない – パラメータ等に関する説明がない・パラメータ等が不適当である – 他手法に対する優位性を、ごく一面からのみ示している 25
採録条件を満たしていない ※ある論文誌での不採録理由の具体的な事例から Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 再提出論文に添付された回答書が、採録条件の全てに ついて回答していない • 採録条件に沿って論文を書き換えたが… – 内容的に進歩がない – 査読者の条件を適切に理解していない – 依然として多くの読者にとって納得できないものである • 採録条件を満たそうとして論文を書き換えた結果… – 初回提出時の内容を、あまりにも大きく覆してしまった – 初回提出時には隠れていた重大な問題点が、発覚してしまった • 採録条件に該当する部分を論文から削除してしまった 26
講演内容 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 査読とは • 論文が採録されない主な理由 – 多くの学会が公開する不採録理由・採録条件 – もう少し具体的な、現実の不採録理由 • 査読結果に対する著者の行動例 • 採録される論文を書くために • その他 27
査読は完全なシステムではない Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 人間が定性的に判断を下すシステムである以上、 完全な平等を目指すのは難しい • 論文委員や査読者のボランティア精神によって支えられる システムである以上、学会に責任を問うにも限界がある 査読システムの不完全さを理解した上で、 著者みずから判断・行動を起こすことで、 著者自身が報われる場合もある 28
長時間が経過しても査読結果が返ってこない Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 査読の過程には遅延がよくある – 論文委員や査読者の多忙 – 重大な理由による論文委員や査読者の差し替え – 査読判定が割れたことによる追加の査読 • 進捗状況の問い合わせを遠慮する必要はない – ウェブに進捗状況を載せる学会もあるが、必ずしも十分な情報とは 限らない – むしろ問い合わせたほうが、査読が迅速に進む場合もある – ただし一般的に、査読判定を「○日までに」と保証してもらうことは できない 29
「条件付採録」の条件が厳しいとき (1) Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 一般的に「採録条件」は、1回の再提出で満たせるレベルで 設定されるべきである …が: – 学会によっては、「1回目には極力不採録を出さないで、著者の 努力に期待する」という方針で査読を進める場合もある – 論文委員や査読者によって、レベルに対する認識が異なる – 著者の状況によっては、その条件を満たすのが難しい • (例) 実験やり直しを採録条件とされたが、著者が就職・転職してしまった • 採録条件を満たせない論文の再提出に労力をかけるより、 著者が自分で取り下げて出直したほうが合理的な場合も ※どうしても「早急にあと1本の業績が欲しい」という場合は、話が別かもしれないが… 30
「条件付採録」の条件が厳しいとき (2) Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 一般的に「採録条件」は、1回の再提出で満たせるレベルで 設定されるべきである …が: – 査読者の解釈の行き違いにより、不当に厳しい条件が設定される ことも、あるかもしれない – 査読者のコメントが理解できない場合も、あるかもしれない • 論文誌によっては、これらの場合に問い合わせをすれば、 正当性があれば対応をとってくれる場合もある 31
不採録の判定に不服なとき Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 多くの論文誌では「異議申し立て」の制度がある – 異議内容は論文委員会で審議される – 認められれば、査読やり直し、査読者差し替え、などの措置がある – (認められたからと言って、直ちに採録されるわけではない) • こんなときに異議が認められるかも… 例えば: – 著者に指摘されて初めて、不採録理由の理不尽さが認識された – 1回目の採録条件が曖昧だったため、著者との行き違いが発生した • ただし、査読つき口頭講演には、この制度は(大抵)ない 32
不採録になった論文を捨てたくないとき Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 何も改良せずに再投稿してはダメ – そのまま別の学会に投稿しても、また同じ人が論文委員・査読者を 担当することもある – 極論すれば研究者としての良識を疑われかねない • 不採録理由をできる限り克服して再投稿するべし – 多くの論文誌の査読報告には、再投稿の価値のある論文には、 不採録であっても再投稿を促す、という方針がある • 目先を変えて他の論文誌に出す、という手もある – 論文誌ごとにキーパーソンが異なる以上、どこに投稿するかで 有利・不利が生じる場合もある 33
講演内容 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 査読とは • 論文が採録されない主な理由 – 多くの学会が公開する不採録理由・採録条件 – もう少し具体的な、現実の不採録理由 • 査読結果に対する著者の行動例 • 採録される論文を書くために • その他 34
査読者は忙しい、よって… Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 査読者は各研究分野の第一人者 – 総じて忙しいので短時間で査読する人も多い • 短時間で査読するために… – 多くの査読者は脳内にチェックリストを持っている – 例えば講演者の場合… • 序章で述べた問題設定とそれ以降の実行内容の整合性 • 新規性の明記・関連研究に対する進歩性の明記 • 十分な再現可能性のある記述 • 実行結果に対する考察の整合性 • 学会書式の順守 • (その他にもいろいろ…) • 査読者のチェックリストを満たす論文を書くことがコツになる 35
査読経験者に読んでもらう Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 査読経験者は何でも(?)知っている – いろんな論文を読んでいろんなコメントをつけている – 他の査読者のコメントも読んでいる – 査読プロセスの仕組みを体験している • よって、査読経験者はたくさんの採否理由を知っている – 忙しい人であっても、パッと読んで発見できるような採否理由 だったら指摘してくれることは可能 36
査読対策を考えながら論文を書く Itoh Laboratory, Ochanomizu University 次ページ以降、主に以下について論じる • 初版投稿時 – 論文全体の構成をしっかり立てる – 研究の「問い」「貢献」「新規性」を明らかにする – 信頼性・有効性を担保する – 細部のミスがないかをチェックする – 学会所定の書式を守っているかをチェックする • 条件付採録時 – 全ての条件に対してしっかり対応する – 明快な回答書を作成する 37
(初稿) 全体構成 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • U字型の構成で論文を書く – 全体像を示してから徐々に詳細に入る →結果を示しながら徐々に詳細から全体像に戻ってくる 38
(初稿) 序論 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 当該研究の「問い (Research Question)」を明確に記述する • 当該研究の「貢献 (Contribution)」を明確に記述する – 箇条書きにする人も多い 「…な方法を導いた」「…の実装を示した」「…な結果を出した」など • 序論で示した問いの書き方が次章以降で検証する内容と 整合した書き方である必要がある • 起承転結に近い構成で書く人が多い (必ずそうしろという意味ではない) 【起】研究分野に関する背景・歴史・前提など 【承】自分の研究課題に関する最新の研究動向と課題 【転】自分の研究における新たな展開 【結】本論文が示す貢献および提案内容/実行結果の概要 39
(初稿) 関連研究 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 先行研究を「構造化」して紹介する – 読者が脳内で先行研究を分類・整理できるように [伊藤24] [田中21] [渡辺19] [鈴木14] [山田20] 基準1 基準2 基準3 基準4 基準5 [高野22] [田中21] [石川18] [高野22] [伊藤24] ※こういう構図を読者が想像できるような形式で論文を書きたい • 単に先行研究を紹介すればいいわけではない – 先行研究が残した課題、本研究との違いがわかるような書き方を 40
(初稿) 提案内容・処理手順 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 研究を達成するための要求事項と、それへの解決策を 明確にリストアップする – 例えば要求事項を箇条書きにして番号付けし、解決策の記述に その番号を引用する、という書き方がある • トップダウンに書く – 最初に提案内容の全体像を書き、続いてそれを構成する個々の 要素理論・要素技術について書く • 読者が同じ処理を再現できるだけの十分な情報を書く – これがないと論文の信頼性を担保できない • 「提案する原理や工程」と「実際に動かした結果」を分ける – この章では「実際に動かした結果」に言及しないこと 41
(初稿) 実験・考察・まとめ Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 実行や実験を再現するのに十分な情報を記載すること – 講演者の分野でのチェックリスト例 実験の目的や目標/開発環境や実行環境/参加者の人数や属性/ 実験の工程と手順/実行結果(数値)/実行結果(画像など)/ 実行結果の統計的分析手法/参加者から寄せられたコメント • 実行や実験の結果を「考察」につなげる – 実行結果・実験結果に関する補足説明 – 何をもって結果から有効性を示せたかの説明 – なぜいい結果が出た/出なかったかに関する議論 – この実行や実験を将来拡張した先にある展望 • 「考察」と「論文全体のまとめ」を区別して書く 42
(初稿) 書式上の細かいチェックポイント Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 図題・表題・参考文献の表記を学会書式に合わせる • 全ての図表・全ての参考文献を正しい順番で引用する • 題名・著者・所属の書き方 – 著者名を伏せる(ダブルブラインド)ときはその設定も忘れずに • フォントなどの設定 (主にMS WORDで書くとき) • 文章表現に関する各種注意事項 (詳細は講演で) このような様式を几帳面に守れていないと それだけで批判的にみる査読者がいるかもしれない という認識をもったほうがいい 43
(再提出) 採録条件への対応と回答書の作成 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 採録条件は全て対応しないと不採録になると考えるべき • 対応困難な条件について: – なぜ困難であったかを誠実に回答しつつ、可能な範囲で対応する • 複数の査読者による条件について: – 同様な条件があったらまとめて対応してよい – 矛盾する条件があったら、どのように判断したかを個々の回答者に 誠実に回答しつつ、可能な範囲で両者を満たすように対応する • 論文中の修正箇所が一目でわかるようにする – 例えば修正箇所を太字や赤字にする • 論文を修正しながら同時に回答書を作成するとよい 44
(再提出) 回答書のイメージ Itoh Laboratory, Ochanomizu University このたびは丁寧なご査読を大変ありがとうございました。いただいた査読内 容を慎重に検討し、以下のように論文を修正いたしました。 査読者A様 このたびはありがとうございました。各条件に以下の通り対応しました。 (条件1)… (回答)… (条件2)… (回答)… 査読者B様 このたびはありがとうございました。各条件に以下の通り対応しました。 (条件1)… (回答)… 45
生成AIを有効活用する (1/2) Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 「問い (Research Question)」をたてる時点で – その問いに似た論文、その問いを否定する論文を教えてもらう ※研究のアイデアを生成AIに教えたくない状況下では要注意 • 論文のサーベイで – 既存の文献検索サービスでは難しい曖昧な検索に – Deep Research などのサービスによる網羅的な調査に • 研究の実働の過程で – 調査方法を相談する – 実験や制作が上手くいかない理由を相談する – 統計分析や可視化の手法を確認する ※同僚に意見を求めたり論文を読んでもらったりするようにして生成AIを有効活用できる 46
生成AIを有効活用する (2/2) Itoh Laboratory, Ochanomizu University • アブストラクト作成の補助 – 論文全体の要約文例を作ってもらって参考にする • 論文全体の最終確認の補助 – 図番号や参考文献記号の順番などのチェック – 参考文献の表記ゆれのチェック – 誤字・脱字のチェック • 日本語から外国語への翻訳作業を補助してもらう ※生成AIでの翻訳を全面禁止している学会もあるので注意 ※同僚に意見を求めたり論文を読んでもらったりするようにして生成AIを有効活用できる 47
講演内容 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 査読とは • 論文が採録されない主な理由 – 多くの学会が公開する不採録理由・採録条件 – もう少し具体的な、現実の不採録理由 • 査読結果に対する著者の行動例 • 採録される論文を書くために • その他 ※一般的な「論文の書き方」論については、すでに多くの 良書があるので、本講演では控えさせていただきます 48
(追言1) 研究者を目指す方々へ Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 研究者人生とは、論文業績で評価を受ける人生である – よって、「いい研究をしているのに論文業績が小さい」などという、 非効率な人生を送るのは避けたい – そこで、論文査読のシステムや習慣を理解し、要領よく論文業績を 稼ぐことも、「うまく生きる」ためのノウハウである(だと思う) • しかし… 研究とは本来なんなのか?(以下私見) – 例えば「夢を現実にすること」「社会に貢献すること」では? – 論文業績を稼ぐことを最終目的として欲しくない • 本当に納得させるべき相手は、査読者よりも一般読者 – 引用してもらえる論文、実装してもらえる論文、を目標にして欲しい – ただし、そのためには、まず査読を通すことが必要 49
(追言2) 研究者を目指さない方々へ Itoh Laboratory, Ochanomizu University • 論文を書くプロセスは、企業のプロセスに意外と似ている 研究プロセス 文献調査 技術開拓 実装・実験 口頭発表 企業プロセス ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ 市場調査 商品企画 開発・テスト 展示・プレゼン • 研究職を目指さない方々も、社会で活躍するための リハーサルの意味をこめて学会活動に取り組んで欲しい 50
参考文献 Itoh Laboratory, Ochanomizu University • • • • 査読報告書の書き方,条件付き採録時の回答文の書き方, 電子情報通信学会. http://www.ieice.org/~cs-edit/magazine/hp/kakikata/kaitou.pdf 近藤邦雄, 査読者の眼 -より良い論文を執筆するために, 画像電子学会誌, 2009. https://www.jstage.jst.go.jp/article/iieej/38/5/38_5_795/_article/-char/ja/ 伊藤貴之, はじめての論文執筆(ゼミ資料) http://itolab.is.ocha.ac.jp/~itot/message/ItolabWriting2018.pdf 伊藤貴之, 生成AIを活用したレポート・論文の書き方, 慶應義塾大学出版会, 2026(出版予定). 51
Itoh Laboratory, Ochanomizu University 講演時間があまったら以下についても解説します 「国際会議運営記(論文委員長編)」 国際会議における査読プロセスの一例を詳しく紹介します https://www.docswell.com/s/4431039276/KEYD3Q-2025-11-15-173736 52