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May 13, 23
スライド概要
データベース研究が診療ガイドラインに 役立つこと・役立たないこと 奥村泰之 一般社団法人臨床疫学研究推進機構 代表理事 第17回日本統合失調症学会 2023/3/25 (月) 13:10~14:40 zoom
目次 ◼データベース研究とは ◼役立つこと ◼役立たないこと 3
(伝統的)臨床試験の限界 臨床試験における患者や臨床家は,実臨床と乖離しがち 高齢者や併存症を有する患者は,実臨床より少なくなる 臨床試験にあまり含まれていない患者層では,精度が低い 患者の利益と乖離した代替アウトカムを使いがち 頻度の低い有害事象などを調べられない Booth CM, Tannock IF: Br J Cancer. 2014 Feb 4;110(3):551-5. 4
リアルワールド・エビデンスへの関心 実臨床から蓄積されるデータ(real-world data) 電子カルテ レセプト 症例レジストリ スマートデバイス ソーシャルメディア 気象データ 国勢調査 社会経済的データ 研究法に係わらず,実臨床のデータから 強く実践を志向した研究(real-world evidence) Jarow JP et al: JAMA. 2017 Aug 22;318(8):703-704. 5
データベース化の国家的取り組み 堀田知光: https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/sanyokaigou/dai7/t5.pdf 6
規制当局によるリアルワールド・データ 活用に向けたルールの整備 Maeda H, et al. Front Med (Lausanne). 2022. 7
役立つこと 8
データベース研究の例 ① ② ③ ④ 有用性の比較研究 安全性の比較研究 政策の影響評価研究 ガイドライン遵守状況の評価研究 9
統合失調症へのリチウム併用の有用性 データ源 フィンランドの退院・処方・死亡データベース 研究対象集団 統合失調症の入院患者61,889名 追跡期間 統合失調症の診断日から2017年まで 関心期間 気分安定薬を処方されている期間 比較期間 気分安定薬を処方されていない期間 アウトカム 精神病床への入院 注: 様々な要因を考慮していない入院率を掲載している。なお,一部の薬剤は,他の要因の影響を考慮 した場合との相違が大きく,論文にエラーがある可能性を否定できない。 Puranen A et al: Acta Psychiatr Scand. 2023 Mar;147(3):257-266. doi: 10.1111/acps.13498. 10
認知症への抗精神病薬処方の安全性 データ源 カナダの調剤,入院,請求,死亡データベース 研究対象集団 抗精神病薬を初めて処方された65歳以上の認知症患 者37,241名 追跡期間 抗精神病薬の処方日開始日から180日時点まで 関心群 定型抗精神病薬の処方 比較群 非定型抗精神病薬の処方 アウトカム 死亡 注: 様々な要因の影響を考慮していない死亡率を掲載しているが,他の要因の影響を考慮した場合でも, 非定型抗精神病薬の使用と比較すると,定型抗精神病薬の使用は死亡率増加と関連していた。 Schneeweiss et al: CMAJ. 2007 Feb 27;176(5):627-32. doi: 10.1503/cmaj.061250. 11
米国FDA,2005年に認知症への非定型抗精神 病薬の警告,2008年に認知症への全ての抗精 神病薬の警告を添付文書に標示 U.S Food and Drug Administration: https://wayback.archiveit.org/7993/20170722190727/https://www.fda.gov/Drugs/DrugSafety/PostmarketDrugSafetyInformati onforPatientsandProviders/ucm124830.htm 12
警告前後での抗精神病薬の新規使用者に おける脳卒中の発症率 データ源 イギリスとイタリアの電子カルテデータベース 研究対象集団 65歳以上の抗精神病薬の新規使用者38956名 追跡期間 6か月間 関心期間 抗精神病薬の警告後 比較期間 抗精神病薬の警告前 アウトカム 抗精神病薬の開始180日以内の脳卒中 注: 様々な要因の影響を考慮した発症率を掲載している。 Sultana J et al: Drug Saf. 2019 Dec;42(12):1471-1485. 13
統合失調症診療ガイドラインの推奨 日本神経精神薬理学会・日本臨床精神神経薬理学会: 統合失調症薬物治療ガイドライン2022 14
統合失調症への3種類以上の抗精神病薬の 処方割合 データ源 日本の全国レセプトデータベース 研究対象集団 精神科出来高病床において抗精神病薬を処方された 統合失調症の主傷病診断を有する患者延べ211,930名 追跡期間 1か月間 (2012年1月から2020年1月の3か月ごと) アウトカム 3種類以上の抗精神病薬の処方 注: レセプト情報であるため統合失調症を正しく特定できているとは限らない。同日多剤処方 ではなく同月内のスイッチングも含まれる。包括病棟に一般化できない。 臨床疫学研究推進機構: NDBを活用した研究のフィージビリティ向上に資する基礎資料の開発 15
役立たないこと 16
データベース研究のアウトカム アウトカム指標 プロセス指標 • 入院 • 処方 • 死亡 • 検査 17
当事者ニーズの研究例① うつ病の重要なアウトカム アウトカム 定義 患者の観点 治療者の観点 1. 症状の緩和 重症度尺度の変化率50%以上の 反応 1位 5位 2. 認知機能の改善 集中,論理的思考,知的課題 の遂行能力 2位 4位 3. 社会的機能の改善 学業/就業,社会的生活,娯楽, 家庭生活への参加 3位 3位 4. 不安症状の消失 恐怖,不安,緊張を感じる 4位 6位 5. 症状の寛解 うつ病の基準を満たさない 5位 1位 6. 再発しない 6-12か月間,うつ病の基準を 満たさない 6位 2位 20の患者団体/自助グループ及びWebサイトから12名の患者,診療ガイドラインの 作成メンバー及び学会から7人の治療者が参加。 Hummel MJ et al: Patient. 2012;5(4):225-37 18
当事者ニーズの研究例② 統合失調症の重要なアウトカム アウトカム 患者の観点 1. 錯乱状態と集中困難の緩和 1位 2. 活動性と興味の向上 2位 3. 幻覚や妄想の症状の改善 3位 4. 就業などの生産的活動の向上 4位 5. 外出など社交的活動の改善 5位 6. 副作用の軽減 6位 臨床試験CATIE Studyの参加者1281名。 Rosenheck R et al: Br J Psychiatry. 2005 Dec;187:529-36 19
ガイドラインにおける推奨作成の流れ 【CPG作成の流れ】 Clinical Question(CQ) P I C O Risk of bias graph Risk of bias summary Forest Plot Evidence Profile アウトカムの重要性判定 9 8 7 6 5 4 3 2 1 重大 重要 アウトカム毎のエビデンスの確実性評価 Summary of Findings Table アウトカムごとに SR作成 重要でない 推奨の作成 アウトカム全般のエビデンスの確実性評価 high / modearate / low / very low CPGの完成 Evidence-to-Decisionテーブルの作成 推奨度と推奨文の作成 強く・弱く / 推奨する・推奨しない 2 相原守夫. GRADEアプローチの概要 改変 相原守夫著 『診療ガイドラインのためのGRADEシステム』 から増澤祐子氏が作成したスライド 20
推奨の強さの4要因 総体エビデンスの 価値観と好みの 確信性 不確実性と変動性 効果のバランス 資源利用 Andrews JC et al: J Clin Epidemiol. 2013 Jul;66(7):726-35. 21
当事者のニーズによりガイドラインの推 奨が変わる アテローム性血管疾患に対する アスピリンとクロピドグレル使用に関する推奨 クロピドグレルを推奨 脳卒中の小さな予防効果に高い価値を置く, 一方で,薬剤費の最小化に低い価値を置く アスピリンを推奨 血管系イベントの小さな予防効果を得るために 要する,大きな薬剤費の削減に高い価値を置く Andrews J et al: J Clin Epidemiol. 2013 Jul;66(7):719-25.
当事者のニーズをアウトカムごとに評価 する研究の蓄積が必要 アウトカム 研究数/ 総患者数 アウトカムの 重要性の分散 統合値 エビデンス の確信性 解釈 重症脳卒中 7研究 580人 0.10-0.39 0.15 ⨁⨁⨁⨁ 大部分の患者は,重 症脳卒中は生活に大 きな影響があると考 えている。重大な意 見の乖離はない。 重症消化管出血 3研究 153人 0.65-0.84 0.79 ⨁⨁⨁⨁ 消化管出血が生じた 患者は,重症消化管 出血は生活に中程度 に影響があると考え ている。重大な意見 の乖離はない。 注: アウトカムの重要性は1が完全な健康体,0が死亡とした場合の相対的な重要性を意味する。 Zhang Y et al: J Clin Epidemiol. 2022 Jul;147:60-68. 23
当事者・家族への期待 24
Take-home Messages ◼ データベース研究により,有用性・安全性の比 較,政策の影響評価,ガイドライン遵守状況の評 価などができる ◼ データベース研究のアウトカムは,限られるため 当事者のニーズと離れる懸念がある ◼ 診療ガイドラインにおける推奨は,当事者のニー ズも影響するものであり,エビデンスだけで作る ものではない ◼ 継続的に当事者のニーズを捉える体制整備が必要 25
用語集 用語 解説 臨床試験 人を対象としてある介入の有効性や安全性を調べる研究 であり,通常は,事前に計画された介入研究を意味する レセプト 保険請求のための請求書 レジストリ 診断名など患者情報を登録する独自データべース 有用性 有効性とのコントラストで,より実臨床に近い場面での ベネフィットを意味する 関心期間 本スライドでの造語であり,曝露期間と呼ばれ,関心の ある介入が行われた期間を意味する 比較期間 本スライドでの造語であり,対照期間と呼ばれ,比較対 照の介入が行われた期間を意味する 関心群 本スライドでの造語であり,曝露群と呼ばれ,関心のあ る介入が行われたグループを意味する 死亡率/発症率 患者100人/1000人を1年間追跡した場合に,観察される 死亡者数/発症者数を意味する 26