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November 14, 24
スライド概要
2024年11月11日,愛知医科大学加齢医科学研究所岩崎靖教授にお招きをいただき,大学院講義をさせていただき意見交換をいたしました.
岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授
難病の倫理的・法的・社会的課題 (ELSI) 岐阜大学大学院医学系研究科 脳神経内科学分野 下畑 享良 本講義に関するCOIはございません
本講義の目的 • 神経難病における倫理的・法的・社会的課題を議論 したい. • とくに神経難病の医療において大きな問題となりつ つある安楽死/医師介助自殺について考えたい.
脳神経内科医が悩む臨床倫理的問題 ① 告知のあり方 ② 治療の自己決定の支え方 ③ 人工呼吸器の装着 ④ 人工呼吸器の離脱 ⑤ 安楽死・医師介助自殺
臨床倫理的問題①告知のあり方 約3年 呼吸筋麻痺 =死 発症 人工呼吸器 告知の問題 約10年 ① 病名告知 ② 真実告知(胃ろう,人工呼吸器が必要) 告知の目的は?いつ行うか?
告知のあり方 なぜ告知をする必要があるかというと、 理由はただひとつですよね.この方が 今後,より良い人生を送るため,充実 した人生,生きている間にこれもやり たい,あれもやりたいと思うことをやる. それが目的でございます. 新潟大学脳研究所神経内科 椿 忠雄 初代教授 しかし,そのときの条件,いつ患者さ んに言うかということは,診断が確定 したときにいうのが常識的.その次の 条件としては,患者とこちらの信頼関 係ができている.もっと大事なことは, この患者さんと自分とが一体になって 生きていこうという覚悟ができている ことです.
臨床倫理的問題②自己決定の支え方 約3年 呼吸筋麻痺 =死 発症 人工呼吸器 約10年 告知の問題 NPPV,胃ろうの 自己決定 ① 自己決定をいかに支えるか? ② 自己決定能力が保たれているか? 「認知症」合併例の存在!
「自己決定能力」の判断をどう行うか? Prof. Bernard Lo UCSF
「自己決定能力」の5つの構成要素 1.選択する能力とそれを相手に伝える能力 2.医学情報を理解し,自分自身の問題として把握 する能力 3.患者さんの意思決定の内容が本人の価値観や 治療目標に一致 4.うつ,妄想,幻覚の影響なし 5.合理的な選択
自己決定能力を欠く場合どうするか? 自己決定能力 問題なし 問題あり 自己決定 不可能と判断するまで 可能として扱う ある程度可能 本人参加・支援 による自己決定 不可能 代理意思推定 本人の考えを推定してもらう
治療方針の決定はどうあるべきか? ① 患者は医師の指示に従えば良い (パターナリズム:父権主義). ② 患者のことを最も知っているのは患者であり, 決めるのは情報を得た患者である (コンシュマーリズム:消費者主義). 多くの人はパターナリズムを否定する.
いずれにも問題がある ① パターナリズム(父権主義) • 難しい医学判断の際に患者さんの助けになること もある. ② コンシュマーリズム(消費者主義) • 難しい選択肢のみ与える丸投げにつながりうる.
リバタリアン・パターナリズム • 本人の選択の自由を最大限確保した上で,よりよい 選択を促すような仕組みを提供することが望ましい という考え方. • 本人の選択の自由を重視するのがリバタリアン (自由至上主義者). • 患者さんの価値観を理解したうえであれば,適切な 選択肢を選べるようそっと背中を押すこと(ナッジ nudgeする)は認められるのではないか.
Shared decision makingというアプローチ • 父権主義と消費者主義の対立的な関係を解き 患者と医療者の協働と問題解決を目指す 新たな調和的アプローチ Clinician choice Consumer choice Shared decision making
SDMに必要な医師の2つのスキル ① 最善のエビデンスを 分かりやすく伝えるスキル ② Patient-centered communication skill 個々の患者の状態を理解し 考えを引き出すスキル エビデンスの確立されて いない状況で使用する 最良の意思決定・ 合意形成を目指す
日頃感じる協働意思決定の難しさ 1. 医学的に正しいことと,患者が納得することは必ずしも イコールではないのではないか? 2. 医師が述べた医学的に正しいことを選んでもらうことが ゴールになっていないか? 3. 医師がエビデンスを説明して患者が追認すれば, それを患者の自己決定とみなしてないか?
臨床倫理的問題③人工呼吸器の装着 約3年 呼吸筋麻痺 =死 発症 人工呼吸器 告知の問題 約10年 人工呼吸器装着の = 生きるか死ぬかの 選択の問題 問題 (尊厳死・安楽死・尊厳生)
臨床倫理的問題④人工呼吸器の離脱 約3年 発症 呼吸筋麻痺=死 従来のALS観 人工呼吸器は離脱可能か? 人工呼吸器 装着 呼吸療養生活 約10年 発症 Minimal communication state 全随意筋 麻痺=TLS
照川さんの「治療方針についての要望書」 49歳でALSを発症,その3年後に 人工呼吸器装着 意志の疎通ができなくなった時点 =精神的な死・自分の死 「私の病状が重篤になったら人工呼吸器を外してください. 意思の疎通ができなくなるまでは当然のことながら 精いっぱい生きる.そのあと,人生を終わらせてもらえる ことは『栄光ある撤退』と確信している」 「関係者を刑事訴追しないでください」 NHKスペシャル(2010年3月) 「命をめぐる対話 “暗闇の世界”で生きられますか」
宙に浮いた要望書 病院の院長は「呼吸器を外せば, 医者が逮捕される恐れがある」と 難色を示し,記者会見して「社会 的な議論が必要だ」と訴えた. 照川さんはTLSの状態になった. 中日新聞(2018年6月)
人工呼吸器離脱の是非 • 臨床倫理4原則の衝突 人工呼吸器離脱 自律尊重 善行 正義 無危害 • 「人工呼吸器を離脱できないなら,最初から装着しない ほうが良い」という意見もある.しかしこれは間接的殺人 ではないか?と主治医は悩む.
臨床倫理的問題⑤安楽死・医師介助自殺 • 病棟で「死にたい」と話される患者さんに遭遇する. そのとき患者さんや若い担当医にどのように声を かけたらよいか迷う. • さらに難病医療における重大な問題となる出来事が 近年,複数生じている.
多系統萎縮症患者さんの スイスでの医師介助自殺(PAS)の報道 Physician-Assisted Suicide NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」2019年6月2日
死にたいと望むALS患者に 2人の医師が金銭で殺害を請け負い 胃ろうから薬物を注入した嘱託殺人事件(2019年11月30日) その発端となった51歳女性の twitter 投稿 被告の医師に対し懲役18年の判決 京都地裁(2024年3月5日)
ABEMA prime(2023年3月26日) (https://www.youtube.com/watch?v=azb6MEh1NPg) 医学部の学生に対する講義でも 同様の意見は少なくない. CIDPの患者さん(2022年11月発刊)
神経難病患者における安楽死・PASは 日本でも認めるべきでしょうか? 1. 認めるべき 2. 認めるべきでない 3. 分からない
我が国において 安楽死を望む声は多い 「日本トレンドリサーチと斎奉閣・家族葬会館 和ごころによる調査」 調査期間:2023年10月24日 ~ 2023年10月27日 調査機関:日本トレンドリサーチ 調査対象:全国の男女 有効回答数:1283サンプル
ただし安楽死についての 理解ができていない 「日本トレンドリサーチと斎奉閣・家族葬会館 和ごころによる調査」 調査期間:2023年10月24日 ~ 2023年10月27日 調査機関:日本トレンドリサーチ 調査対象:全国の男女 有効回答数:1283サンプル 安楽死やPASを正しく理解したうえで議論がなされていない可能性
パーキンソン病患者さんの スイスでの医師介助自殺(PAS)の報道 2024年3月17日 TBS報道特集(2024年3月17日) 64歳女性 50歳代でパーキンソン病を発症し フランス人男性との婚約が破談 両親を看取ったあと安楽死を希望. 7年前から希望する安楽死の理由 は「痛みと不快感,呼吸不全」. スイス民間団体Life circleにおいて 安楽死を遂げた. 【個人の感想】 • 若く,医師の目から見て軽症. • 日本の医療者の発言なし.
小括1 1. 脳神経内科医が悩む新たな臨床倫理学的問題として, 難病患者の安楽死とPASがある. 2. スイスでの医師介助自殺を受ける日本人難病患者の 報道が継続的になされている. 3. 我が国において安楽死を望む声は多い. 4. 安楽死とPASについて正しく理解する必要がある.
ここからの講義の目的 • 難病医療における大きな問題である安楽死・医師 介助自殺の倫理を「自己決定」をキーワードとして 考えたい. • 日本でこの制度が認められた場合,何が起こるかを, 先行する海外の状況を参考に検討したい.
1. 用語の確認 安楽死とPAS の倫理 2. 安楽死の現状 3. PASの現状 4. 難病患者の自殺の是非を考える 5. 安楽死についての個人的な疑問
1.用語の確認
安楽死の語源 • euthanasia(ラテン語)を訳したもの. • 良き(eu)+ 死(thanatos)の意味. • 助かる見込みのない病人を,本人の希望 に従って,肉体的苦痛の少ない方法で, 死に至らせること.
用語の定義 (①+②=広義の安楽死) ① 狭義の安楽死(積極的安楽死) 医師が患者に致死薬を注射して患者の生命を終結させること. ② 医師による自死介助(医師介助自殺/医師幇助自殺) 医師が患者に致死薬を処方し,患者が自らそれを服用して 生命を終結させること. ③ 生命維持治療の中止 臨床上の方針として,生命を維持するためのさまざまな治療を 中止すること(Withdraw),あるいは開始しないこと(Withhold).
尊厳死とは • 一定の状況になったら自分の意思で延命措置を 拒否して良いとする日本独特の考え. • ただし患者側から生まれた概念でなく,病院の終末期 医療に批判的な在宅医や施設の医師から,患者に 向けて説き拡げられた概念. • その後,医療制度の存続(コスト抑制)のために, 一部の病院の医師が賛同している. 児玉真美.安楽死が合法の国で起こっていること
2.安楽死の現状 オランダ・カナダを 中心に
安楽死(狭義)と医師介助自殺が行われる国々 ① 「安楽死」が合法である国 オランダ(世界初:2002年),ベルギー,ルクセンブルグ, カナダ,オーストラリア(ヴィクトリア州) ② 「医師介助自殺」のみ認められている国 米国オレゴン州など8つ州と首都,スイス
① オランダ 安楽死法の要件のうち重要な2点 1. 医師が患者の苦痛が永続的で耐え難いもので あると確信していること. 2. 医師および患者が,患者の病状の合理的な 解決策が他にないことを確信していること. • 死を医師の管理下に置く「死の医療化」 • 「闇の安楽死(すべり坂)」防止のための透明化
「すべり坂」=本人の意思に反した安楽死 一歩足を滑らせたら,どこまでも転がり落ちる • 安楽死が公共政策化すると, 障害などを抱えた弱い立場に ある人が,本人の意志に反して 家族や社会の負担とされ,被害 を受ける恐れがあること. • オランダでは生じていないと 生命倫理学用語(喩え) 言われていた・・・
オランダにおける安楽死は急増し, 全死亡者の4.4%が安楽死(2017) 盛永審一郎.JB press 2022.11.15 7666!
認知症患者の安楽死が増加している! 安楽死はどの病期で 行われるか? 初期段階が166人 進行期は3人のみ ※ 進行後は,医師に本人の死ぬ決意を示せなくなくなるため 初期に行いたいという本人の希望がある.
オランダでは2012からの8年間で,ALS患者の25% (1014 /4130人)が安楽死・PASを選択している より若く,高学歴であった van Eenennaam RM et al. Lancet Neurol. 2023 Jul;22(7):591-601.
安楽死を希望した難病患者からの 「安楽死後臓器提供」が行われ増加している! Clin Transplant. 2018;32(8):e13294. オランダからの論文 • 「避けられない死に意味を与え,必要とされる臓器提供の供給 源となりうる」と書かれている. • 「安楽死後臓器提供」をキーワードとした文献検索で34論文. • オランダ,ベルギー,カナダ,スペインで合法化. • 自分の意志を表明できないひとがドナーになる可能性は?
安楽死を望む理由は変化している 肉体的 苦痛 精神的 苦痛 認知症 難病 • 自立の喪失 • 尊厳の喪失 • 生きる意味の喪失 • 迷惑をかけたくない • 安楽死肯定論は「自己決定権」を根拠としている. • 「自己決定」の名のもと,「対症療法,緩和ケア,QOL向上」が軽 視され,安楽死が安易に選択されるようになった.
オランダでは「すべり坂」が起きた! • 倫理学者 Theo A. Boer 教授 (もともと安楽死合法化に尽力した) • 「オランダでは『すべり坂』が起きた」 「同じ轍は踏むな」と他国に警鐘を鳴らす 児玉真美.安楽死が合法の国で起こっていること • 2023年4月,子どもの安楽死(1~11歳)を認める方針が発表さ れる → 止まらないすべり坂
② カナダ 2016年の合法化ながら急進的/短期間で急増 • 2016年,MAID(Medical Assistance in Dying)として, 積極的安楽死+PASを合法化. • 「安楽死は死ぬときに医療の助けを得ることであり, 緩和ケアと変わらない」という立場.つまり,日常的な 終末期医療のひとつの選択肢として合法化された. • 医師だけでなく,上級看護師(ナースプラクティショナー) にも安楽死の実施を認めた(規則の緩和). 児玉真美.安楽死が合法の国で起こっていること
カナダでは安楽死と緩和ケアが混同されている • 医療や福祉を十分に受けられない人たちの安楽死の 申請が医師らによって承認される事例が報道され, 問題になっている. • 適切な支援があれば生きられる人に安楽死が認められ ることに憤る医療者も多い. • 安楽死と緩和ケアが混同され,医療者が患者の苦しみ に向き合わないという批判がある. 児玉真美.安楽死が合法の国で起こっていること
3.医師介助自殺の現状 -スイスを中心に- physician-assisted suicide (PAS)
スイスにおける介助自殺者は急増し, 高齢者の頻度が増加している Swiss Med Wkly. 2023 Mar 21;153:40010. 男性 80歳以上 女性 80歳以上 36.4% 39.1% 45.0% 50.6%
PASの原因となる疾患は がんが42%,神経疾患が20%を占める 疾患 件数 割合 (%) がん 精神疾患 心血管疾患 呼吸器疾患 筋骨格系疾患 その他 神経疾患 脳卒中 パーキンソン病 1649 150 177 175 336 663 791 217 110 41.8 3.8 4.5 4.4 8.5 16.8 20.0 5.5 2.8 運動ニューロン疾患 109 2.8 多発性硬化症 107 2.7 アルツハイマー病・認知症 57 1.4 麻痺を引き起こす疾患 ハンチントン病 その他 合計 33 13 145 3941 0.8 0.3 3.7 100 Neurologia (Engl Ed). 2024 Mar;39(2):170-177. 神経難病は 脳卒中を除く 14%程度.
スイスの民間団体による PAS は 外国人にも行われる 1. スイスでは特別な法律が制定されていない. 2. 外国人に対しても行われ,自殺ツーリズム (タナトス・ツーリズム)と呼ばれている. 3. 民間団体が外国人のPASを受け入れている. Dignitas(1998), Life circle(2011), Pegasus(2019)
ラディカルになっていく自殺ツーリズム • 「85歳以上の人が熟慮の末,死にたいと 言うなら,私は邪魔したいとは思わない」 • 人生はもう完結したと考える人や,家族 の負担になることを案じる高齢者への PASを「理性的自殺」などと称して行って いる. 医師エリカ・プライシク (Life circle の立ち上げ) NHKの番組のMSA患者の PASを行った医師 • スイスに来ないでも世界中でPASができ るようにすべきと主張している.
死の医療化を認める国で問題になっている 医師の「良心に基づく拒否」 N Engl J Med. 2024 Oct 24;391(16):1465-1467. • 医師が宗教・道徳的信念に基づき,法的に認められた医療サー ビスの提供や情報提供を拒否する「良心に基づく拒否(CBR)」 の問題がNEJM誌に掲載された. • ALS患者がMAIDについて相談した際,主治医が宗教的理由で 情報提供と他の医師への紹介を拒否した事例を紹介している.
CBRへの中立的アプローチ N Engl J Med. 2024 Oct 24;391(16):1465-1467. • CBRは特に医療アクセスが限られる地域や経済的に困難な状 況の患者に大きな影響を及ぼす可能性がある. • 論文では,患者と医師のそれぞれの権利を保つための中立的 アプローチとして以下を推奨している. – 医師は事前に患者に自身の信条・方針を知らせること – 医師は医療情報については提供すること – 代替となる医師を紹介すること – 医療機関はCBRを管理するためのポリシーを設け,個々の ケースを公平に扱うための委員会を整備する
小括2 1. 安楽死の目的は,肉体的苦痛の解放から,精神的 苦痛の解放に変化した. 2. 認知症や神経難病患者における安楽死が増加して いる. 3. 安楽死は「自己決定権」を根拠として行われている. 4. 少なくともオランダでは「すべり坂」が起きている.
4.難病患者の自殺の 是非を考える
「死」とは何か シェリー・ケーガン教授(66歳) イエール大学哲学教授 道徳・哲学・倫理の専門家.
ケーガン教授: 自殺という選択肢は正当になることもある • 自殺はその後のあらゆる可能性を奪ってしまうが,自らの状況 について明晰に考えた上で,生きる価値のない人生を送る可能 性が圧倒的に大きい場合(図のC-D),合理的な判断となりうる. • 明晰な考えができない=自殺願望に取り憑かれている可能性. Y軸は人生の全体 的な価値を示す (生きていることが 良いか悪いか) 死んだほうがましと 言える状態
治療法のない神経難病の場合, いつ自殺の問題を持ち出せるか? 悪化開始点 死んだほうがましと 言える状態 • A点は人生の価値が悪化し始めるポイント. • C点以降,自殺の問題を持ち出せるが,その条件は,十分な 治療やQOLを高める処置が行なわれることである.
しかし神経難病では 自力で自殺可能な時期を考慮する必要がある 自殺可能点2 自殺可能点1 死んだほうがましと 言える状態 • B点は自力で自殺できる最後のタイミングである. • もしB点で自殺すると,生きる価値のある期間(B-C)を捨て ることになる. • しかしB点で自殺しないと,D点まで生きることになる. → いずれが良いのか?という判断になる.
疾患によって生きる価値のある期間と 死んだほうがましの期間が異なる 自殺可能点2 自殺可能点1 死んだほうがましと 言える状態 • もし自殺可能な最後のタイミングが,B点よりかなり遡って Q点である場合も,自殺すべきであるか? • 生きている価値がある長い期間(Q-C)を捨てることになる.
ケーガン教授の考えに則った 多系統萎縮症患者における議論のポイント ① 自殺願望に取り憑かれ,明晰な 考えができなかった可能性は なかったか? ② 治療やQOLを高める処置は十分 に行われたか? ③ 本例の自殺可能点のポイントは 早すぎたのではないか?
嘱託殺人で亡くなった ALS患者における議論のポイント • 安楽死を望んでいたことばかりが注目されているが, SNSでは趣味について語ったり,難病患者を励ました りしていた. →死を望む気持ちは揺れていることを認識すべき. • 必死に生きようとしていたが,NHKの安楽死の番組を 見てから,急激に死の方向に想いを寄せていった. →揺れる気持ちをいかに支えるか. 見捨てられる「いのち」を考える ハートネットTV(NHK)
CIDP患者における議論のポイント 家族の想いもきわめて重要. 安楽死は個人だけの問題では ないことが分かる.
5.安楽死についての個人的な疑問
安楽死への疑問 1. 自己決定権はどこまで許されるのか? 2. 自立の喪失は安楽死の理由になるのか? 3. 精神的苦痛は安楽死によってのみ解決される のか?
1.自己決定権はどこまで許されるのか? 現代は個人の自己決定権が絶対視 され,社会的,文化的文脈が軽視・ 無視され,患者の家族や医療者な どと患者の関係など,関係のなかの 医療という視点がない (個人の自立は関係性によって 支えられることを認識すべき) レネー・C・フォックス (米国.医療社会学者)
関係性,すなわち 残された家族や友人に目を向ける大切さ • サバイバー症候群: 安楽死・PASは,残された家族や友人に「もっと何かでき たのではないか」と果てしない自問と自責を背負わせる. • 「自己決定する個人」は「関係性を生きるひと」でもある. • 患者も医療者も,家族や友人にも目を向ける必要がある.
2.自立の喪失は安楽死の理由になるのか? 熊谷晋一郎 東京大学准教授 脳性麻痺という障がいを持ちながら小児科医として活躍. https://www.univcoop.or.jp/parents/kyosai/parents_guide01.html • 「自立」とは,依存しなくなることだと思われがちです.でも,そうで はありません.「依存先を増やしていくこと」こそが自立なのです. • これは障害の有無にかかわらずすべての人に通じる普遍的なこ とだと私は思います. 誰もが誰かの世話になり,お互いに依存しながら暮らしていると 考えて良いのでは?
3.精神的苦痛は安楽死によってのみ 解決されるのか? • 当然,そのようなことはない. • 「安楽死を求める人々は,この状況で生きるより死んだ ほうがマシと思っているだけで,本当に死にたいのだと 思い込むことには,私達は警戒しておく必要がある」 (イスラエルの医師,Rivka Karplus) • 医療者は十分な緩和ケアのスキルを高めるべき.また 患者さんも,病気へのレジリエンスを高める必要がある
例:機能障害が高度であっても,その生活に満足し, QOLを維持し,生きる意欲を持つALS患者さんがいる Neurology. 2019 Sep 3;93(10):e938-e945
「死を望むひと」に医療者は何をすべきか? 1. 人としてなぜ死にたいのかを理解し それを思いとどませること 2. なんとしてでも生きてほしいと呼び かける周囲の人々を励ます 3. 延命処置を受けた人たちが何を 成し遂げたか,医療者はそれを語り 岩田誠東京女子医大名誉教授 継ぐ使命がある 医(メディシン)って何だろう? (2022)
自分が若手医師に伝えていること 1. 「死にたい」はむしろ「生きたい」の裏返し,SOS反応と 考えてみよう. 2. 「自己決定だから仕方がない」と安直に考え,向き合わ ないのでなく,自己決定の理由や背景を理解しよう. 3. 十分な治療やQOLを高める処置を心がけよう. 4. この問題について医療者は意見を持ち発言していこう.
総 括 1. 多くの人に安楽死/PASについての正しい知識と 安楽死が行われている国で起きていることを, 知って頂く必要がある. 2. ひとの生死は自己決定権だけで決めて良いという 単純なものではない.
神経難病患者における安楽死・PASは 日本でも認めるべきでしょうか? 1. 認めるべき 2. 認めるべきでない 3. 分からない